フォーリアの日記
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清水で朝を迎えました。 今日は暑くなるとの予報です。
昨日はスマートフォンで書いていたので、 長旅が短い文になっていますが、概略はあの通りです。
疲れていたはずなのに夫は6時前に起きて、私も起こされました。 朝食のため来賓とは8時半に1階のロビーで待ち合わせることになっているので、 まずはそのあたりを散歩してきました。 町はいろいろ変わっていますが、昔の夫の勤務先なども見てきました。
フロントの様子を見ていると、朝は英語のできるスタッフが一人はいるようです。 昨夜は英語ができるスタッフがいなかったようだったのです。
私たちは8時ごろ下に降りていき、夫は弓の張替のできる店などインターネットで調べていました。 ムンバイから来たジニーさんが日本で弓の張替をしたいと言って弓を二本持ってきたのです。 しかしたいへん高価な弓なので、怪しいところに任せるわけにはいきません。 ムンバイには張替をたのむと弓を壊してしまうようなところしかないらしいのです。
そのうちに青年オーケストラに出るシャロムは降りてきたのですが 8時半をすぎても女性二人はなかなか降りてきません。 心配して部屋へ様子を見に行ったらノックしても出ません。 昨日夜の出発なのにムンバイから香港まで眠れなかったという話なので、 かなり疲れて起きられないかもしれません。 もう一度ロビーに戻って今度は夫と二人で大きくノックして呼びかけました。 デュッシーさんが出てきて顔だけ出して、もうすぐ行くと言いました。
しかし、9時を過ぎても来ません。 朝食のラストオーダーが9時半までなので心配になって、 今度はフロントから電話で呼んでもらいました。 フロントの人に呼んでもらい、夫が話をしました。
9時半になる前に二人の分も注文してハムやソーセージなどの肉は抜きにしてもらい、 もうテーブルに用意して待っていました。 朝食はスクランブルエッグがメインなので肉を食べない人にもなんとかなります。
やっと降りてきた二人は時計を合わせるのを忘れて時間を間違えたと言っていました。 デュッシーさんは香港時間、ジニーさんはムンバイ時間になっていたようです。 さすがに睡眠不足でぐっすり寝ていたようです。
飲み物は自由にとれるのですが、コーヒーやウーロン茶などの表示もみんな日本語だったので、 来た時にどれが何かを説明しました。
何種類かおいてあるパンのうち緑色のパンは何のパンか聞かれたのですがわからないので、 食堂の人に聞いたらヨモギのパンだそうです。 ヨモギって英語で何というかわからないので困ったのですが、 夫が草が入っていると説明していました。
食後に、メールチェック(Gmail)したいのでインターネットを使えないかというのですが、 ロビーにあったのは日本語Windowsで先ほどシンガポールの人も困っていました。 幸いスマートフォンを持っていて無線が使えればいいというので、 無線のSSIDとパスワードをフロントで聞いてきました。 なぜか書いた紙はフロントで見せるだけで持ち出せないというので、 私のスマートフォンに設定しているところを表示させて見せて、 各自設定してもらいました。
私たちはこれで別れを告げていったん帰ります。
そんなどさくさで、チェックアウトが10時だというのに10時をすぎていたので、 帰りは大急ぎで身支度して出かけました。
まずは静岡の夫のスリランカ時代の知り合いの店に 夫が翻訳した本を届けに行きました。 そのあととろろ汁を食べに丸子の丁子屋へ行ってみたら木曜定休で休みでした。
そのあと昔住んでいたところに行ってみました。 電話局も社宅もなくなって、今では生協の店になっていました。 周りの家もすっかり変わっていました。 前に見た時は隣の自転車屋さんがまだ住んでいた感じがしたのですが、その家も変わっていました。
そのあと酒屋を探したいと市内をうろうろしたけれど夫の目当てのものは見つからず、 あまりにおなかがすいたので蕎麦屋でそばを食べ、そこで聞いた酒屋へ行ってみました。 そこに夫の目的の酒がありました。
そのあと清水インターから高速に乗って帰ってきました。
清水インターから入ってすぐの由井パーキングエリアで運転を交代して、 そこから海老名サービスエリアまで私が運転しました。 そのあたりでは渋滞していて、自然渋滞2キロ、事故渋滞5キロなど表示されていました。
東名からは地下の首都高が通って、さいたままで非常に便利になりました。 料金体系が変わって大宮線も別料金でなくなったので、最寄りの出口まで行けます。
家に着いたのはもう6時ごろだったので、 夕飯は駅前に出て、何か食べてくるか弁当でも買ってくるかと言っていましたが、 結局食べてきました。
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