フォーリアの日記
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2007年07月07日(土) 散歩・ベルリンフィル ジルベスターコンサート・事故

今日は曇っていましたが、雨は降りませんでした。

午前中、夫が散歩に行こうというので出かけました。
毎週のように出かけようといわれていたのですが、6時に出る気はさらさらありません。
今日は夫が2日酔いで早起きしなかったので(早くに目は覚ましたようですが)
朝食後に出かけようというので私も出かけました。

久しぶりに運動靴など履いて歩いたら、普段使わない筋肉が疲れました。
パンプスや、スリッポンのペタンコ靴を履いて歩いているときと使う筋肉が違うようです。
午後はしばらく活動する元気が出ませんでした。

夕方買い物に出たときにはスリッポン靴を履いていったら、
どうも、おなじようにかかとが高くない靴でも、
運動靴は底が固くてしならないので勝手が違うのだと感じました。
走るのなら底が緩衝用に暑くなっている靴が必要でしょうが、
歩くのなら、あまり底が厚くなくてよくしなる方が歩きやすいと思いました。

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夜、前に録画していたベルリンフィルのジルベスターコンサートを見ました。
内田光子がモーツァルトのピアノコンチェルト20番を弾いていました。
この人、いろいろ「さすが」というところがあるのですが、
どうも最後の最後のところで心に響いてきません。
テクニックは素晴らしいし、音も美しく、心が伝わらない引き方をしているわけでもありません。
でも、なにかしっくりこないのです。
前から、考えすぎの神経質な演奏のように感じていましたが、
「目標は別にあって、途中経過のように弾いている。本当は『今』美しいはずなのに。」
と、夫が言いました。
確かにそんな感じです。
自分が創造者になりきるあまり、創造するまで・生み出すまでは考えたり気持ちを盛り上げたりして
音が出てしまったら出た音を楽しんでいないように感じます。
オーケストラの音さえも、その美しさに浸って共感することなく
ただ自分の創造の材料にしているだけに思えます。
出た音に対する共感がないので、聞いているほうも共感がもてないような気がします。

「バラの騎士」の3重唱ではメゾのマグダレーナ・コジェナーが
思ったよりずっとよかったので驚きました。
前にザルツブルク音楽祭ガラで見たときには
素っ頓狂にソロを歌っていてあまり好感はもっていなかったのです。
ところが、この人、合わせるのはたいそう上手らしく
役柄の表現も前のように素っ頓狂には感じなかったし、
オケと一体となって美しい声を聞かせてくれました。

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家の前の交差点で久しぶりに大き目の事故がありました。
車同士の事故らしく、ブレーキ音の直後にたいそう大きな音がしました。
救急車が2台来て、
どちらの車の乗員かわかりませんが、家からは見えないところに倒れていたらしい人と
電柱に突っ込んだ方の車の運転者らしい、直後に運転席の外で痛がって転がっていた人が運ばれました。
もう一台の車の運転者は比較的無事のようでした。

「止まれ」の標識と地面の文字が大きくなってからましになったとは言え、
ここは本当に事故多発地帯なので、気をつけなければいけません。


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