武ニュースDiary

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| 2011年08月13日(土) |
雑誌記事(智族GQ7月号� � |
やっと「GQ」まで来た…… 出たときは、さらっと読み流したけど、今読みなおすとなかなかいい記事でした。

金城武 気ままに遊ぶ
私たちが金城武の近況を知るのは、ほとんど、彼が新しい映画に出たときだけだ。 彼は、自分自身を、今度はいかに打破するのか、みなが知りたがる。
昨年のほとんどの時間をかけて、金城武は少しずつ、1人の探偵、 四川方言を話し、旧式の丸眼鏡をかけ、丈の長い中国服を着て礼帽をかぶり、 無精ひげをはやした、風変わりで薄汚れ、偏執的なまでに断固とした1人の男になっていった。
これは「武侠」における、彼の新しい実験だった――他の男優に比べ、 金城武には度外れた努力が要求される。 観客に、その群を抜く外見を思わず忘れさせ、 役に忠実に、しかしわざとらしくなく演じることの間のバランスは、決して容易ではない。
長いこと、彼は自信を持てないできた―― 幸運。彼は自分への注目を、そのおかげと考える。 一貫して謙虚な態度で、腰が低い。 1年に1本、作品に打ち込み、大スクリーンで自分の変化を検証し、少し安心する。 今回、彼は徐百九を演じたが、全く違った別人になりきれず、 絶えずしかめる眉頭には、相変わらず様々なクエスチョンマークがおどっていた。 こうなんだろうか? これでいいんだろうか? なぜ? ただし、これまでの若きウェルテル風の不安は、既に、成算ある自信へと変わっていたのである。
同じ男優を、ピーター・チャンは2回を超えて起用したことはない。 金城武はその前例を破らせた。 「武侠」は2人の3作目の仕事であり、金城武に2度目のカンヌ行きをもたらした。 ピーター・チャンは「武侠」によって、�猊雍↓瓩凌靴靴つ蟲蘇佞韻鮖遒澆拭� これは確かにかなり大胆であった。 プレミア上映が終わったとき、スタッフロールの字幕がまだ終わらぬうちから、 満場はすでに起立して拍手を送っていた。 金城武は人々の中にあって、歓びを抑えられぬ表情で、思わず、その場でぐるりと一回りしたほどだ。 成功だ、と彼は知った。 コンペティション作品でないといえども、「武侠」は疑いなく、 今年のカンヌ映画祭で最も注目を集めた中国語映画だった。 栄誉を共にしたという他に、彼はほっとしてもいた。 自分が面白い実験と考えていたことを、みんなもいいと思ってくれたんだ……。
プレミアの翌日、私たちはアンティーブで彼に会った。 時計の針はまだ9時を指していなかったが、 金城武はもうカメラマンの求めにこたえ、はだしで岩の上にのぼっていた。 眼を細めて、興味深そうに対岸の大小の白い家の屋根と遊覧船を眺めていた。 日の光が細かい金の粒のように海面を漂っている。 まるでカンヌが海を越えて遥かに送ってくる秋波のようだ。 昨夜、レッドカーペットでまばゆく光っていたフラッシュと、 いたるところであがっていた歓声は、既に朝もやと共に消えていた。 彼はこんなふうに身を局外に置いて、気ままにタバコに火をつけ、肩の力を抜き、 全身リラックスできることを楽しんでいた。
金城武にとって、守らねばならないどんな規則もなく、自分の望む自由気ままさだけがある。 金は必要なだけあればよく、自分をアピールする必要は少しもない。 「面白い」のでありさえすれば、彼の心は自由にはばたく。 天才ではないと思っており、芸術に全てを捧げる一徹な愚か者を気取ることもない ――トニー・レオンはかつて、焦りと恐れのあまり夜中に目覚め、 自分の昔のビデオを繰り返し7回も見直して、どこが問題か探したことがあるという。 金城武から見ると、こんな貴重な時間は、ゲームをするのにあてれば、もっと本物になるのである。 打ち込むが、執着はしない。 しばしの時間を心行くまで楽しむために、彼は最高の境地からは少し距離を保つことを好む。 様々な可能性を試して総括することで、心から満足する。
俳優の単純 23:50
徐百九を演じるまでに、金城武の芸能生活は既に21年になる。 この間、何か変化は? 彼は眉をひそめ、「前より年をとった」と、声をあげて笑った。 実は、彼の成熟感は、蓄え始めたひげによるところが大きい―― ふと思いつき、面白がってやった結果なのである。 彼に備わる子どもっぽさは決して消えることなく、 自由奔放に近い彼の表現の仕方がそれを傍証する。 デビュー以来、ずっと傍らに付き添うマネジャー、エヴァは、 こんなに知った間柄でも、ときに、彼の話の飛躍のスピードと転換の多さについていけず、 ぽかんとしてしまい、やっと彼がまた彼独特の冗談を言っているのに気づくことがある、 とため息をつく。 人生の新しい段階ごとに異なる言語を話してきた彼は、 今でも、「どの言葉も話せるが、どの言葉も完璧ではない」状態にある。 色々混じった言葉の使い方と語彙は、逆に彼に一種独特の視点を与えることになった。
彼はよく、変わった比喩を口にする。 例えば、「武侠」で徐百九に四川方言をしゃべらせたことを説明して、 「そうすることで、やっと人物の色を見つけることができた」からだと言う。 初めは標準的普通話で台詞を言っていたのだが、どうしても役との間に壁を感じてならなかった。 「中国はこんなに大きいから、省ごとにその特色がある。 どうして標準のじゃなくちゃいけないのか?」 彼はその場で、周りのスタッフに方言を話してもらい、それについて覚えた。 「自分では四川方言だと思って、めちゃくちゃにしゃべってた」 だが、監督も彼も、これでよい、と感じた。
頭だけで考えてやるよりも、金城武は現場で創り上げていく方が好きだ。 「家で台詞を考えて覚えていっても、現場に行ったら、わあ、セットはこんなだったのか! 雰囲気が全然違う、ということになる」 ウォン・カーウァイが彼を「恋する惑星」に自ら指名して起用したとき、 彼はまだ1本しか映画を経験していなかった。 周りが驚き羨むなか、ウォン・カーウァイ……一体だれなの? と彼は困惑した。 まさにそのウォン・カーウァイの空間の中で、彼は、今、そのときを楽しむことを学んだのだ。 あるいは、まさにウォン・カーウァイの予測不能性が、 彼に俳優の受動性をも理解させたのかもしれない。
「作品は、往々にして1つのレベルしか描き出せない。 ときには、何度も試したのに、最後には全部カットされることもあるし、 また全然何にもしなかったのに、すごくいい感じに仕上がっていることもある。 芸術において、100パーセント自分の考え方を表現するのは、非常に難しいと思います」
彼はいつかは監督になりたいと思っていた。 あまり具体的な計画ではなく、理由は1つ。 ある年齢になったら、あることをしなくてはならない、ということだ
「赤壁」出演後、彼はこの夢をすっぱりと断ち切った。 「ジョン・ウー監督を見て、わあ、監督って本当に大変だ……どうやってやってるんだろうと」 チャン・イーモウが「LOVERS」に出演を依頼してきたとき、彼は身に余る光栄に驚き、 それどころか、人違いではないかとさえ考えた。 ピーター・チャンのオファーのときも、また同じような思いだった。
彼は自分が俳優養成所出身でないことを自覚し、絶えず生徒の心でいる。 一緒に仕事をする監督は、ますます大物になり、 映画のテーマもますます壮大で華々しくなってきた。 時代の大きな流れの勢いはさらに激しく、 彼も両腕を開いて、増す不確実性を抱きとめようとする。
「ピーター・チャンの恋愛映画が好きです、『如果・愛(ウィンター・ソング)』みたいな。 でも、彼の選ぶ題材はどんどん大きいものになり、そして今の『武侠』になった。 映画監督なら誰でも一度は武侠映画を撮りたい。一緒に一度は撮らなくちゃならない。 それは挑戦です。結果が良くても悪くても、一種の突破なんです。 ピーターと一緒に仕事をして、一緒に模索して、 彼がどんなやり方で、破片を集めて1つにするのかを見ると、 学べることはたくさんあります。 でも、どのくらい吸収できるか、それは自分自身にかかっている。 これはとてもはっきりしたことですよ――俳優はスターとは違うものであり、 そうした付加的なものは、全然重要じゃない」 (続く) (李氷清・文 智族GQ2011年7月号)
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