武ニュースDiary

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| 2006年04月28日(金) |
もし、金城武を愛したら(ファンの思い出)上 |
昔からのファンの思い出を読むのが好きです。 金城武はアイドルとして出発したので、 台湾、香港のファンは小中学生といった、 ごく若いころにファンになっている人が多く、 それだけまっすぐな彼への想いが感じられます。 また、当時、彼が一般にどのように受けとめられていたかもうかがえたりもします。 これは大陸の掲示板に書き込まれた、かなり長いもの。 でも、台湾のファンの文ではないかという気がするのですが。
もし、金城武を愛したら
「もし、金城武を愛したら」とは、1ヶ月前、 とある雑誌で見かけたタイトル。 感慨で胸がいっぱいになった。 金城武を好きになって、もういつのまにか10年が、経ってしまっていたから……
そう、10年だ。 1人の美少女にとっては、非常に貴重な青春の日々である。 なのに私は、その「青春」を、を我がアニキへの愛で費やしてしまった。 どうして1人のスターを、こんなに好きになってしまったのかは、 もう覚えていない。 でも、ほとんどの時期、私の心の中で彼はただのスターではなかった。
「標準情人」と「分手的夜裡」を聞いたときは、まだ11歳ぐらいだった。 自分では愛というものがわかっているつもりで、 がむしゃらに、独りよがりに、早く大きくなって アニキのような恋人を見つけられるようになりたいと思っていた。 彼の映画を見て、彼はブルース・リーの生まれ変わりだと、 本当に思い込んでいた。 彼がチャーリー・ヤンを好きだったこともあって――彼女は 彼が家に連れて行って両親に会わせた、ただ1人の女性なのだ―― 自分も彼女のような高貴な女性になろうと決心した。 思い出すと自分でも笑ってしまう。
その後、男子に片思いをするようになった。 好きになった相手は彫りの深い顔の人ばかりで、 いつも小武の影を彼らに見つけて嬉しがっていた。
そのころ「世界の涯てに」という、 小武とケリー・チャンが出ている映画がとても好きだった。 物心ついて以降、初めて見た恋愛映画である。 とても深い映画で、これこそが真の愛だと思っていた。 あのナーハオチュンという名のモンゴル人は、 これ以後、私の心に住み着くようになった。 その後、「ラベンダー」というのもあったけど、 私の�狃蚓��瓩虜造蓮△い弔任發△離福璽魯�チュンに与えられる。
彼の映画の話なら、泣くほど感動した作品はいっぱいある。 私にはわからないのだが、 どうして、小武の役はどれも名前を覚えられないものばかりだなんて 書く雑誌があるのだろう 本当は映画の登場人物の名前なんて、全然重要じゃない。 大事なのは、その人物がこちらの心に入り込んだかどうかだ。
「恋する惑星」を見たときは、中学2年生、13歳ごろだったが、 あの期限切れのパイナップルを食べるおばかな刑事のために、私は泣けたし、 あまり泣いたので、B面のトニー・レオンの方の話は見ないままだった。 この映画の中のあるセリフがとても好きだった。 それはパイナップルを食べるときに言うあれではなくて、 走っている最中の、 泣きたいときは走り続ける、涙が汗と一緒に蒸発してしまうから、 という、あのセリフだ。 ウォン・カーウァイの映画はいつも脚本がないそうだが、 これが小武自身の心の声かどうかは知らない。
「ダウンタウン・シャドー」を見たときは、実は気持ちがとても複雑だった。 というのは、チャーリー・ヤンが、この映画が終わった後、 もう共演の機会がなくなってしまったことを知っていたからだ。 結婚するのだ。 私は彼が辛い思いをしていないだろうかと考えた。 愛する人が結婚する、 その新夫が自分でないというのはどんな気持ちだろう?
「ダウンタウン・シャドー」で2人の愛のシーンは決して多くない。 一番忘れ難いのは、彼が彼女に、 カリブ海の小島の夜景は街とは違う、まばゆい明かりはなく、 あるのは比類なく輝く星の光だけだ、と語るところだ。
「君のいた永遠」は、少なくとも5回見ている。 5回見て、愛とはそんなに簡単なものでは決してないことがわかり始めた。 好きな人と、一生連れ添う人とは、同じでないのが普通なのだ。
見れば見るほど、わからなくなることもあった。 例えば、チャンリーはホークァンを好きだったのだろうか。 2度目の再会のあと、なぜシューヤウとホークァンは一緒になれなかったのか。
愛は大人のゲームであって、子どもには愛を語る資格はないし、 何が愛なのかわかるとは限らないと、私は理解し始めていた。 だが、大人は愛に対し、子どもみたいに執着しないし、 毎日恋しさに空の写真を撮ったりはしない。 大人たちはゲームに疲れた後、つりあった相手を選んで結婚する。 これこそが、この人とあの男が一緒にいて、 別の男とは一緒にいない理由なのである。
金城武の映画は、泣かせるものばかりではない。 大笑いさせてくれるも映画も数多い。 「冒険王」「ピックアップ・アーティスト」「暗黒街」 「フォーエバー・フレンズ」……まだまだある。 多すぎてタイトルを度忘れしてしまうが、 その映画の中での彼の様子はどれも忘れることはない。
さらに、子どもとしては母親に隠れて見なくちゃならない映画もある。 そう、「不夜城」、劉健一だ。 私にセックスとはどんなものか教えてくれたのは、彼なのだ! まるでこの映画を境とするかのように、 以降、私と小武の距離は少しずつ遠くなった。 彼は日本に進出し、私は消息を長いこと聞かなかった。 (続く) (望月影児・文 2006.1.20)
BBS ネタバレDiary ★ 23:50
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