武ニュースDiary


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2003年09月23日(火) 「十面埋伏」共演者の話(アンディ・ラウ)●ウクライナについて付け足し

「十面埋伏」共演者の話(アンディ・ラウ)   23:05

昨日の大陸の新聞に、アンディ・ラウのことが出ていました。
当然「十面埋伏」にも触れていたので、そこのところだけ、と最初思いましたけど、
全部読んでみたら、もう少し紹介したくなりました。

**********

既に受賞歴300回を超えるというアンディ・ラウだが、自分に全然自信を持っていない。
質問に答えるとき、彼はいつも、初めにこう言うのだ――
「他の人が僕の歌と演技をどう思っているか知らないが……」と。

しかし、昨日、新作「大塊頭有大智慧」の宣伝の折、天王アンディはやっと満足げに、
チャン・イーモウが自分を非常に励ましてくれたことを口にした。
「十面埋伏」で巨匠チャン監督との仕事できるということは、
外部の自分に対する見方がようやく変わり始めたことの証明だと。

記者とおしゃべりをしていたとき、アンディは率直にこう言った。
「ぼくが一番人気があった頃、マネージャーがマスコミに向かって、
アンディ・ラウがこんなに一所懸命やっているのは、
彼には芸能の才能がないからだ、と言ったんだ。
そのときはマネージャーと大喧嘩したよ……」
今は笑い話ですませるアンディだが、実際、この問題はいつも彼を悩ませてきた。

昨日の朝、上海でアンディの誕生日パーティーに集まったファンの中には、
かなりの10代の少女達がいた。アンディは感慨深く、
「こんなに長くアイドルをやり続けるとは思わなかったよ」と言った。
実は、アンディは、�猗狃�たち�瓩�、同時に、
自分の成長をずっと阻む存在でもあったことを知っているのである。

最近の例が「大塊頭〜」だ。
監督のジョニー・トーが撮影前にアンディに、冗談めかしてこう伝えた。
「アンディ、すまない。前回の『痩身男女』の最後のシーンで、太った君から
本来の君の姿に戻したのは、トップスターとしての君の座を危うくさせないためだった。
(記者注:その当時、金像奨の選考委員会は、最後でアンディを痩せさせ、
かっこいい男にしてしまったのが作品の疵(きず)だったと評した)
でも、今度の最後のシーンでも、やっぱり�爛爛�ムキ男�瓩�ら元の君に戻すよ。
すまないね」

本紙記者のインタビュー前に、アンディはあるテレビレポーターから、
芸能人であることは多くのものを失うことでもあるということを認めさせようと、
粘られていた。おそらくこの質問は、アンディの結婚生活についての疑問を
暗に指していたのだろう。
アンディはいささか機嫌を損ね、しかし、はっきりと
「ぼくは自由に、楽しく生きているよ」と答えた。

(中略)

アンディによると、チャン・イーモウがアンディに出演依頼をしたのは
「無間道」を見て、それまでのアンディに抱いていた印象ががらりと変わったからだという。
チャン・イーモウは、こう言ったそうだ。
「君の演技の幅がこんない広いとは思わなかったよ」

既に天王とまつりあげられていても、アンディ・ラウは
チャン・イーモウとの今回の仕事を非常に重視しているようだ。
ストーリーについては明らかにするのを断って、ただ、このように表現した。
「ぼくの今回の役は、第一主役ではない。
役柄としては『英雄』の陳道明の役と大体同じような感じだ」

10月中旬、アンディ・ラウはウクライナに発つ。
シリコンを貼り付けて筋肉もりもりの田舎者に扮するかと思えば、
金城武の下で�狢萋鷦臾鬮瓩亡遒鵑粘鼎鵑犬襦�
アンディは常に「努力することで、他人の自分に対する見方を変え」ようとしている。
(新聞晨報 2003.9.22)


ウクライナについて付け足し

これも大陸のニュース。先日の台湾りんご日報とソースは同じかと思うのですが、
重ならない部分だけ、抜き書きです。

撮影場所はキエフの近くの小さな町、里沃夫であると書かれています。
里沃夫の風景は独特で、広大な非常に美しい山地らしい。
以前、ジャッキー・チェンが「白金龍」の撮影をここで行なったことがあり、
そのときは雪景色だったそうですが、
チャン・イーモウは初秋の風景を選びました。
風景が美しいことと、中国から比較的近く、資金の節約になることが、
この地を選んだ大きな原因だそうです。

前の記事のように、里沃夫は交通が未発達で、
宿や飲食などどれをとっても条件が悪く、中国の80年代の水準だと書いています。
しかし、そんな中でも、みな意気盛んで、撮影は順調に進行しているとのこと。

ただし、この里沃夫ですが、リヴィフのことだと思うのです。
台湾では羅佛と書くようです。
しかし、ここはキエフの近くではないんですね。ウクライナ西部です。
さらに、古い都市で、大学もあるようだし、どうも記事の印象とは合わないんですが……。

今撮っているのは、チャン・ツーイーと金城武の部分で、これが撮り終わると、
年末に北京に移動し、そのとき、残りの2人の主役、
アンディ・ラウとアニタ・ムイが撮影に加わります。

武術指導のチン・シウトンは、金城武とチャン・ツーイーのアクション演技には
大満足とのことでした。
(毎日新報による。2003.9.23)


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