| 2011年09月14日(水) |
思想宗教科学・・・なんでも、正誤判断は難しいね |
私の好きな、私の生き方の師匠は、とてもまじめ、純粋、常に何が自分や他人の幸せをもたらす正しい道なのかを考えている。
だからこそ 私はその師匠のよりどころとしているものを好意的に受け入れていきたい気持ちと 少し離れたところから冷静に視ていきたい気持ちが 混ざっている。
そのうえで自分の安心のよりどころを自分なりに考えたい。 人間の考えた宗教の目的も手段も、人間が信じひろめることによって、人間しだいで変わってくるので 常に四方八方からそれを矯めつ眇めつ眺めていって なにが自分とみんなの幸せなのかをああでもないこうでもないと一生にわたって考え続けるのも 修行かもしれない。
現時点ではとりあえず、いま生きてこうしていられるのは 目に見える人、見えない人、今の人、過去の人、人以外の生き物、それをのせた世界宇宙、の 全ての、諸々のお蔭だということに 感謝しているのが重要だと思っている。
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