気が向けば・・・。


この今の瞬間に過去も未来も入ってるらしいし(何時でも)この小っさな頭蓋の内に宇宙も入ってるらしいし(誰でも)
だから、ひょっとしてこの矛盾に溢れた日記も、何時かの誰かに繋がったりするかも、って思ったから
少しだけ秘密度を緩めました。



子ども虐待防止「オレンジリボン運動」

2011年05月31日(火) (もしかして、ついったーは私の性に合わないのかもしれない)

いまさらだけど。

この日記のトップに貼っていたリンクを一切消してみた。
それらは今までに確かに「おっ。」と思った情報源だったけど。
リンクを貼った時点での自分の判断がこのあとどうなるかもわからないから。

twitterのアカウントを作って何かと勉強になった。
誘ってもらって本当に勉強になった。感謝してる。
震災支援に関して。私たちに何ができるかすべきでないかに関して。原発に関して。エネルギーに関して。政治に関して。法律に関して。反日に関して。外国に関して。マスコミに関して。健康に関して。などなど。
いろんな立場や考え方の存在を、普段よりも濃く熱く知るハメになった。
そしてまだまだまだまだ知らないことばかり、
大量に流れてくるツイートの河や海でその氷山の一角を齧って消化吸収する間もなく次のそれこれを
味わっては、これを勧めるべきか否かを考える。

けれど、
声の流れてくる源流とその人物の過去の振る舞いを辿ったり、
反証はないか裏をとれるか足掻いてみたり、
限られた主婦の時間内でその責任が持てるかというと
難しい。限界がある。
なんだか、それが仕事(ボランティア?)になってさえくる。

相反する主張が基にするデータ、それを出している学者さんや専門家さんが、
それぞれの人がどんな背景を持っているか、どんなスタンスで言動を重ねてきたのか。
それはある方向性の人々にしてみれば信憑性がないものだし
ある動機の人々の目から見れば確実性を持つものだし
一人が言うことの9割妥当で1割誤りならどうなのかとか。

たとえば私がこないだの日記で触れた20ミリシーベルトのことや
原発はなくせるのサイト紹介のことも
そのときはほぼ10割信じたりしていた。
それは私自身に、「原子力エネルギーがここまで危ないと思ってなかった。やっぱり原発は嫌」という気持ちがあったからだ。
けれど、コトはそう単純ではなかった。
今よくそのサイトの大元や周辺情報を調べれば、
5割以上は未知の部分がある。

エネルギーに関する議論もそう。今、手に入る情報が、偏りがないかどうかと言えば多分、偏ってる。

某サイトや某サイトを、とても参考になると思っていたけれど、
改めて、前提・思い込みを捨ててよくよく読むと
人に勧めていいものだかは疑問に思えてきた。
良いところ取りをして自分で自分の生活に活かすほかない。

人は、欲しいと思う情報を欲しがる。自分がそう解釈したいと思う解釈を選びたがる。
人は、自分の予想と同調しそうな人のことを多くフォローしているし、
フォロワーの多い人の声は一層増幅する。
ついったーはそういう拡声器なのかもしれない。
ネット自体が拡声器かもしれない。

でも、一応、私はまだ、参加しようと思ってる。
でもリツイートはもっと慎重に考え考えやってみることにする。


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