気が向けば・・・。


この今の瞬間に過去も未来も入ってるらしいし(何時でも)この小っさな頭蓋の内に宇宙も入ってるらしいし(誰でも)
だから、ひょっとしてこの矛盾に溢れた日記も、何時かの誰かに繋がったりするかも、って思ったから
少しだけ秘密度を緩めました。



子ども虐待防止「オレンジリボン運動」

2010年07月22日(木) 祝・テレオペ脱出。そして振り出しに戻る

ああ遂に、
某社の特設コールセンターの仕事を退いて無職に。
当然のことながら無遅刻無欠席は貫けたが
最終日はいつもより早く出社して、
いつもよりもっとマシな応対をしようとそれなりに頑張ってみた。

最後の勤務を終え、IDカードと入館証を返した、待ちに待った瞬間、
まるで特赦で出所したかのような気分。

いままでのお客様の声声が走馬灯のように(って音声なのに走馬灯って変か)。
オマエ呼ばわりで叩き切られたこともあったし。
うまく設定できました、どうもありがとうねえー、って感謝されたこともあったし。

当該サービスは
個人情報漏洩を防ごうとすると、顧客自身に煩雑な手間を強いるし、手続きも厳格化する。それはまだ良いけれど、
皆が皆PCを扱える訳じゃないという視点が欠けてるし、
慣れない高齢者の方々には、これって申し訳ないことだなーと思ったり。

勧めるように命じられているサービスに対し
私自身が納得できていなく賛同できていない部分を
いつお客様に指摘されるか・指摘されたら自信を持って答えられないぞ、と
そんな思いを抱きながらでは、
やっぱり辛いと思ってしまうんだ。

派遣って決まってみないとどこで何をするのか全容は分からない。
恰も、
注文したメニュー6皿が、途中から思いのほかすごく
口に合わなくって
他の人は難なく食べていても、胃弱な私で、申し訳ありませんが
この3皿減らしてもらえますかと交渉して
最後の1皿、あと半分、あと5口、4口、3口、あともう少しで完食・・・とカウントダウン、しながら苦しい腹に詰めてったような、
終わりが見えてくると頑張れた、
そんな日々だった。私にとっては。
(それなりに何かの栄養は摂取できたとは思う。思うけどたとえ良薬でも口に苦過ぎだった)

自分が覚え身につけた知識やスキルのみをもってして、
どっから何を聞かれても自信を持って答えられる。のならば
もっとやりがいはあったのかなー、

ということで、
あれから(7月12日の続。仕事について逡巡するシリーズ)、
医療事務か介護事務か・・・独学か通信か・・・?と
あれこれ考えていたけれど、
どうも、医療系のテキストを眺めてる段階で
「これをやりたい」って気が起こってこない。

そもそも、まず
資格取得にあまりお金はかけたくないし
そして資格を取れば就職できるのかは疑問。
求人雑誌を改めて隈なく見ても、思ったより件数は少ない気がするし
妹からの情報(資格があっても、若くなくて且つ通信教育だけでは就職力は弱いかも)も併せて
考えると。

仕事したかった主な動機は、
ある消費活動について、夫とは違う観点から私が独自に「必要だ」と判断したときに
夫に気兼ねなくその消費活動を行う自由を少しばかり得るためだった。
それはOG野菜だったり防ダニ布団だったり天然入浴剤だったり、交際費だったり音楽CDだったり。
いろいろだけど。

根本的に私は、どういった仕事なら無理なく続ける気になるのか、結局何をどうしたかったのか
もう一度考えてみた。

☆勤めるからには責任もって、家族に迷惑もかけず、心も体も壊さず無理なく勤まる職種・勤務地・勤務時間
☆そして、ある程度、割の悪くない時給は欲しいが、高給じゃなくてもいい
☆が、微力ながら携わるその仕事が、少しは世の中の為になっていると思える会社

これを満たしていれば応募したい。
「誰にでも勤まるお仕事」でいいのだ。私じゃなければできない仕事である必要などない。

そして
やっぱりそれは重すぎない皿じゃなければいけない。
帰宅したら気持ちを切り替えられるもの。食事のときに笑顔で家族の話が聞ける状態。
帰宅した時に気持ちが病んでいてはいけない。
誰かに何かを勧めるものは、私自身も惚れこむような商品やサービスを勧めるのでなければ、
未熟な精神力が鍛えられない限り
たぶん私は、また、ちょっと病む。

エクセルスキルを掘り起こそう。リサイクルというか。
そのツールを忘れないように維持しながら、も少し使いこなせるように勉強しよう。

職を選り好みしている場合じゃない歳になってはいるけれど
ゆっくり探そう。

何の悩みも懸案事項もないノンビリした夏休み、を
子どもと過ごそうと
去年から待ち望んでいたんだから
折角だから今は、気持ちを休ませよう。


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