| 2009年11月22日(日) |
心の拠り所も、移ろいゆき、基本に出たり戻ったり(師匠のブログ閉鎖) |
すんごく心の拠り所としていたのだけれど諸事情によってリンクを切っていた師匠のブログは 先日、閉鎖となりました。
「ブログ閉鎖にはあまり意味なしなので気にしないでね。でも過去のスピ話を消して、誰かに与える影響は食い止めたかったかも」 (師匠の談)
けどその「食い止めたい」と思う根拠となる見方考え方すらも もしかしたら数か月先には変わってるかもしれませんね?
それでもいいんじゃないかな。
私の場合 昔はかなり腑に落ちていたけど今現在は疑っているもの。 ※いや、疑っているというより、美味しいところだけ沢山もらうけど丸呑みはできないと感じているもの。 ↓
☆国境のない世界という理想 ☆いわゆるニューエイジ ☆ワンネス ☆引き寄せの法則っぽい、望めばそれが叶う的な考え ☆2012年に何か変わるという考え方
新世界秩序という恐ろしい言葉を垣間見てからかなあ。 要するに一部の強欲支配者のしわざで(秘密結社イルミナティとかなんとか) 世界全体を一つのカルト教国家にしてしまい その新宗教を信じないような、既存宗教の信者とかの、 都合の悪い人間は、全て 一掃されてしまうという。 自由とか権利とかを煽って個々人のやりたい放題を奨励し、 家族の繋がりを切る。 口当たりの良い、世界は一つ〜♪な考え方を流行らせておく。 邪魔な文化や国家のことは思い切り叩いておく。 ということらしい。 国連はそういうスタンスで動いているらしい。
漫画(や、映画)の「20世紀少年」じゃないけど 理想的過ぎると言うか、気色悪いというか みんなが同じ一つの新しい神様を信じるような世の中、に 自然発生的に向かうのなら、まあ、まだしも 人為的に誰かが作ることに付き合わされるのなんて 大迷惑な話だ。 まして、世界の終りが誰かのシナリオ通りに演出されるのとか だから救われたければ我々に従いなさいだとか そんなの。既存宗教を笑える立場じゃないってば。 それこそマンガの中だけにして欲しい。
人とは何で、何の目的で生まれ、何をしてれば幸せなのかとか それを個々人であれこれ考えること自体も 幸せのうちだと思うけど せっかくの、夢があって素敵な思想も そんな新世界秩序だかのツールにされていたんでは、もう 台無し。
宗教や思想はやっぱり一人ひとりが手前味噌で 非売品として作るしかないんだと思う。 (以前にもこんなこと書いたっけなあー)
神様が自分の中にいようが外にいようが そのメリットもデメリットも。 結局、万能薬なんてない。 使い方次第で&使う人次第で毒にも薬にもなる何かでしかない。 毒も薬も自分の舌で少しずつ確かめて配合して試しつつ それがどういう効き目があるのか後先を見極めながら使う。 納得のいくものを、納得のいく部位だけを、飲みたい。 提供元がどこなのかは見逃さない。
特定の誰かだけが得をするようなシステムにはめ込まれて満足するような入信形態はイヤ。 気持ちの問題なわけだから。
そうやって削ぎ落していくと 拠り所にするのに私の好きな考え方ってのは 結局シンプル、 キリスト教でも仏教でも日本の神社でも異口同音に言ってたようなことだ。 この大きい自然だか宇宙だかの中で 生かされてる私たちの生かされかたって ホント不思議で有難いよね、 みんなもそれぞれそんな有難い存在だよね、 これも何かの縁だよね、 縁だと思えば有難いよね、幸せだよね、 幸せだと思うことを相手にも願って暮らせば、 結局はみんな幸せに過ごせるよね。 相手に良かれと思って行動することは、時として自分には忍耐を強いるけど でも大きく広く見ればそれも結局は、快なんじゃないの? それが快いと思えたら幸せ、 ってことに尽きるんじゃないの?
↑ こんなふうに今、落ち着いてても私の中では もしかしたら半年後には変わってるのかもしれない。 そうだとしても いまは、そう思う。
そういう意味で見れば、 私の日記も、長いこと書いているうちに その時その時に私が何に影響されているかを映し出して垂れ流しだ。
たとえば
ホ・オポノポノは素晴らしい。でも実行は到底無理。 仙人の世界だと思う。 でも、年に一度は欲しい栄養かもしれない。
食べるよりは食べないほうがいいと思えてきた。
温めれば全ての病気が解決しそうに思えてきた。
インフルエンザのウィルスよりもワクチンのほうがよっぽど怖いと思える、 その自分の変化にも驚く。
オバマさんがブッシュさんより胡散臭いかもしれないと疑っている。
北朝鮮以上に中国が心配。
某レンタルビデオ店の背景が怪しい気がする。
自虐史観から親子共々抜けだしたいと今更ながらやっきになっているこの頃。
日本の天皇、国旗国歌国体、そういうものに関してもこの半年でそうとう眼から鱗が落とされた。
右翼左翼という言葉を受けて脳裏に蘇る映像も、以前とは違う。
だから北海道に対して抱く思いも変わってきた。
ジェンダーフリーという言葉にも、もしかしたら罠があるのかも。
専業主婦であることに焦りを感じたり、 でもまた過剰に自己肯定したり、
などなど、 半年前には想像もしなかった考えが浮かんでは消えてまた浮かんでる状態。
けど 「その時にそれに影響されていた」という経緯経歴は、そのまんま日記に遺しておこうと思う。(私は、ね) 無責任とも言えるかもしれないけど その年その月その日には、それがいいと思っていたし そういう背景の私が誰かと縁を結んでいたという 記録。
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