| 2009年08月17日(月) |
辿り着くと綿矢りさ「蹴りたい背中」的なもの(without自分の体) |
娘の塾の休みの日々(正味5日間)は貴重だから、 ここでも絶対風邪を引かせられなかった。 その週に浮かんだ諸々の思い、覚え、 例によって長くなるけど、一〜十:
一、まずは、 いつも店の前を通るたびに娘が興味を示していた「足湯」サロンに。 講習前半最終日の帰り道で連れてった。 看板からはよく分からなかったけれど、 足湯(湯の中に、何とかっていう、微量な放射性物質を放つ貴重な石入り)はいわば前菜で メインはフットマッサージだった。 いい匂いのエッセンシャルオイルで。 生まれて初めてこんな場所に来た娘が選んだのは グレープフルーツの香り、 タダ同然の足湯だと思って暖簾をくぐったら全然違ったことに内心焦った、のを隠してた私が選んだのは ゼラニウムの香り。 二人とも途中ホンキで眠る。計7300円は惜しくなかった。
二、先々週は息子がお泊りだったけど 先週は娘を、私の実家へ一晩だけ送り出し、 祖母や両親や叔母や従弟(以上の続柄は私から見て)との交流。 「可愛がってもらっている」という自覚と経験とが、いい感じに子どもに与えられ、育てられてくれる、 それが期待できる。
三、謎のお出かけから帰った息子と一緒に、娘のいない夜、 BTTFのパート2と3を英語字幕で観ることを頑張ってみた。(いつも1なので、たまには。) ホントは相当量のセリフが分かんない。けど、 2を観ていて私は、ここへきてビフも悪くない(いや悪いんだけど)なと気づいた。 3を観ていて、今度はエメット=ブラウン博士もとんでもなくカッコイイことに気づいた。 まずい。リスト50におさまらないのが色々来る。
四、夫の一日だけの平日休み(それしか夏休みは取れないらしい。) 恵比寿ガーデンプレイスに足を延ばして ジョルジュ=ビゴー展に家族で。 ビゴーと言えば歴史教科書に取り上げられている、日清戦争だとかの風刺画。 でもそれだけじゃなかった。 日本が好きじゃなきゃ、あんなに沢山あんなの描かないだろう。
五、で、そのビゴー展の帰りに麦酒記念館で、昔の工場設備だとか広告だとかを見て喜び合う。 観ているうちに飲みたいような気がしてきた。 私はホントはビールなんて嫌いなのに、ひょっとしたらそれは誤解で、実はビールというのは美味しいものなのかもしれない。うん、そうかも。 それを確かめるために、テイスティングコーナーでわざわざ500円払ってビールを飲んでみた。 やっぱり、・・・ビールはビールだった。苦いし、冷たいし、炭酸だし、しかもアルコールだし。 これの何を、みんな美味しいと思って飲むのか。(でも昔食べたビールキャラメルは美味しいと思った) でも小さくないグラスいっぱいに注がれて、まさか一口しか飲まずに返すわけにもいかないし、困った。
ついてきた小さなおつまみに縋って 壁にもたれて頑張ってグラスの半分までを胃に流したら やっぱり笑いたくなってくるし、たぶん声上げて笑ってたし、その後はまっすぐ歩いてなかっただろうし。 子どもの手前、これ以上、馬鹿っぽい姿を見せていることが恥ずかしい。そう思いながらも、楽しいし、どうでもいい。
夫はたいして酔ってもいない様子なのに、彼の顔は私より赤くなってた。傍から見ればまるで、私のほうが飲んでいない人のようだ。
少量の酒でも酔えるのは、大人として、恥ずかしいことなのかどうなのか、自分でもわからないけど。 気がついたら、ビールチョコレートも買っていた。
六、マイケル=ジャクソンの作品に、 今だから、親子して惹かれている。 歌と踊りと映像、セクシーさも程良くって、癖になる。 娘など、スムーズ・クリミナルの曲をヒアリングして歌詞を覚えようとしてるし。
知ってるようで知らないマイケルの歴史、 でもここに表現されているものだけを信じてていいんじゃないかと思った。 この十数年、何かに騙されたかのようにマイケルの芸術から目が逸れていたことを悔やむ。
七、目が逸らされてたと言えば、 ところで、とうとう民主党は外国人参政権導入を明言したそうな。マニフェストには書かれないまま。 日本って国にフツーに善意を持ってくれる国、の人にだったらなにも、別にいいんだけども。 目に入るものを疑う気、も匙加減。 だからテレビが 「詰め込み教育の弊害」を今更みたいに特集してたのも 「食料自給率の数字の虚構」を暴いて?みせたのも なるほどー。マスコミは、やっぱり、操作やってるなあ。 これ↑例えば。牛乳は国産なのに牛の飼料が輸入だから、 カロリーベースだと自給率が低く出てるじゃないか、 それは政府の企みだよっ、っていうんだけど、 いいんじゃないかい。そのカロリーベースで考えてた方が。 エサが外国産なものは結局外国依存度が高いことには違いないんだし。 日教組への批判をゆるめよう・農産物貿易自由化への批判をゆるめよう・と やっぱりどうも、微妙に民主党への批判をかわそうとしてる下心がある気がした番組。
※フルフォードさんのサイトはお薦めなのか分からなくなってきた。 北朝鮮の脅威はアメリカが煽ってるだけと書いてあること等には、ちと賛同しかねた。 だって、ミサイルが飛んできたことも、反日教育政策も、現に、存在するわけだし。 だから一旦、リンクを外してみました。 でもなあー、だからってアメリカ万歳ってわけじゃないしー、9.11への疑問が解けたわけでもないし。
どっちかに白黒つけられる問題なんてない。 それで最近、半ば正気で、 政治系に関してまだ赤ん坊な私の、今後の勉強のために 櫻井よしこ氏の「国家基本問題研究所」の会員になってみようかとまで思ったり。 ああ、そのうち、「東京裁判」の戦争犯罪証拠とされた史実の真偽研究、にまでも私は首を突っ込むんだろうか。 心身が持つんだろうか。そこは来年までお預けにしようかな。
八、子どもらの、読書宿題用の本を借りて読むのが、 先日の「きみの友だち」(涙腺崩壊)以来の マイブームで それから同じく重松清の「きよしこ」(私も転校生だったし発音コンプが僅かにあるよ) 角田光代の「キッドナップ・ツアー」(娘もクラスで一番背が低いのよ) 辺見庸の「自動起床装置」(ウチの息子も聡に起こして欲しい) 綿矢りさの「蹴りたい背中」(感想後述) を、 次々と脳に流し込む。
話題の本や、受賞作品っていうのは、それはやっぱりそうなった理由があるんだなと今更気づいた。 やはり、とにかく、読みやすくて面白いんだった。 ベストセラーと言われるものにちゃんと興味を持った方がいいのかな。
九、で、私はすぐ何でもかんでも「纏める」癖がある。友人にも薄々ばれていると思うけれど いろんなこと(眼に映る事象や経験や垣間見た思想や誰かのキャラとか)をキレイに?無難に?まとめようとジタバタするタチで。
それを自分でもイヤだなーと時々思う、程だから、 他人様はさぞかし辟易してるだろうと想像できる。
十、で、「蹴りたい背中」の主人公・ハツのそばに、 もしも私がいたら、まず真っ先に私は彼女に嫌われるだろう。 それくらい、マトメルってことの無意味さを目の前に突き付けられた。
でもあえて、まとめても許されることは、まとめてみる。 この本からの今回の収穫は実はそこじゃなくて。 「にな川に対するハツの思いって、もしかすると、いや絶対、すごく分かるような気がする!」という発見だった。
スーパーモデルのオリチャンに、危ないほど憧れる、 オタクというよりも一歩間違えばストーカー?の、 にな川。 「オリチャンを好きな、にな川」を好き?になったらしい、ハツ。 恋なんて単純な説明では不充分。
けど、にな川の鈍感さ。オリチャン以外の世界に対して、鈍感。私は、そこが大好き。
オリチャンを見つめるにな川の横顔を穴のあくほど見つめる、ハツ。 にな川が困ったり、苦痛に眉をひそませたり、痛そうな様子をしたり、すればそれを愛しいと思い、 もっとその顔を見たいと思い、 背中をそっと蹴るハツ。
解る、そこだけ特に、異常に、とても分かる!
そう思いながら、いつしかまた、カジモドを思い出していた。 私がカジモドのことを、ふと思ってしまうのは、「見かけからは想像できない彼の心が綺麗だから」・・・だけではない気がする。 誰かA・を恋してみっともなくなっている、誰かB。 その姿を観るとやっぱりその、誰かB・に惚れてしまう。 Aに片思いするBこそを、好き。 いつまでもそれを、こちらも片思いのままで、見続けたい。
そして、にな川には、オリチャンを見るための「目」 ハツには、にな川を見るための「目」 それだけが体の全てになる瞬間がある。
私もいつも観るだけ。観るだけが、最高。 昔、日記に「恋にカラダは要らない」と書いたことを覚えてるけど 正確には「恋に自分のカラダは(ただし耳と目は除く)要らない」だった。 相手のカラダはすごく好き。というかそのカラダ、無きゃダメ。 餡としての心、との組み合わせの絶妙な芸術を作る皮、 という要素でもあるし、 私が想像の中で彼の腕や背中を撫で、叩き、溜息をつく為 でもある。 片思いだからこそ、より深く、より損得抜きで、 それを讃えられる。
だからやっぱり、所謂、好きな人とは、 結婚なんかしなくていいとも思う。 (束の間の同居は、してみたい気もするけど)
・・・以上、八月中旬の生活の一部の記録。
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