| 2009年07月21日(火) |
梅雨が明けそう?その3 勝ち負けじゃなく |
(続き)
三、 ユーンティルの 季刊紙作成班に混ぜてもらってたこの数か月。 創刊号の前の、ゼロ号のデビューを見届けた。
「専業主婦かフルタイム勤務か、とバッサリ線引きするんじゃなくて しかも、誰かと比べて勝ち組だとか負け組だとかじゃなくて “こういうのが幸せですー”の見本は、それは100人いたら100の数だけ、 いやそれ以上にたくさん、あるんだ(できるんだ)。 自分オリジナルの幸せの形が。 ・・・ってことを もっとオモテに出していこうよ、それがみんなのためにもなるから」 って趣旨の会に お声をかけて頂いたので。
そこに微力ながらお手伝いしてきた。
その中からもらえたいろんな修行?恵み、その中で 特に、何が一番だったかって、やっぱり 「人」を知る ことができたことかなー。
きっかけを作るひと、企画するひと、広報するひと、サポートするひと、取材するひと、取材を受けてくれるひと、たたき台だすひと、直すひと、チェックするひと、しあげるひと、
誰が一番偉いとかじゃなく、持てる力を、出せるときに出せるひとが。 各自の生活の優先順位を大事にしながら。
港が 互いに認め合い肯定しあうコミュニティに成ることができれば、 そのとき、はじめて それぞれのメンバーがその港から 一歩前に進んで旅立つことが可能になる。 (じゃあ、家族の役割っていうのも、きっと、それだ。)
それから 普段なにげなく目にする、人が作り上げたもの。 有形の紙媒体にしても、無形のイベントにしても それらには その背景に必ず、人の、 気持ち、気遣い、献身、夢、ドラマ、歴史、・・・etc. が込められてる・隠されている、ものなんだな、ってこと。 産みの苦しみと喜びと共に、秘められてるものなんだな。 ってこと。
混沌としたところから 何かが(それがどんなささやかなものでも)具体的な形になって出てくるためには 人の「思い」がこもらなければならないんだね。 その人々のそれぞれの思いは互いにぶつかりながら溶け合いながら思ってもみなかった化学反応を起こすことが 多々ある。 もうそれ自体もひとつの歴史になるんだな、ってこと。 そのときもキーとなるのは
「自他を肯定する能力」なんだと思った。 自分の生き方(もっといえば、自然として人類としての自分自身)の諸々を肯定して、はじめて→他人を肯定できて、はじめて→信頼関係は築くことができる。 だと、思う。
そこに 勝った とか 負けた とかの次元にアンテナを張り巡らすような世界から解放されて、 まったく別世界が、自分の中にできる。 そうすればきっと、もっと、人に対しておおらかになれる。 「自分らしさ」という言葉は、そこではじめて意味を持つ。
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