気が向けば・・・。


この今の瞬間に過去も未来も入ってるらしいし(何時でも)この小っさな頭蓋の内に宇宙も入ってるらしいし(誰でも)
だから、ひょっとしてこの矛盾に溢れた日記も、何時かの誰かに繋がったりするかも、って思ったから
少しだけ秘密度を緩めました。



子ども虐待防止「オレンジリボン運動」

2009年04月30日(木) 少子化についての意識調査に思う。

Yahoo!ニュースサイト内の意識調査の中に「日本の少子化の最たる理由は何だと思うか」というクリックアンケートリサーチがある。

http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/quiz/quizvotes.php?qp=1&poll_id=3691&typeFlag=1

この調査実施期間が何と、2009年4月17日〜2019年4月27日と、10年間もある。
私はコメント投稿せずに、いろんな人々のコメントを読んでみた。
「お金がないから」「自分の人生を楽しみたいから」「企業の支援が足りないから」「保育施設など環境が整ってないから」等など。様々な理由。
ふざけたコメントも混じってたけど、言外にもいろんな声が読めてくる。

育児休暇を取ろうとしたら職がなくなる、
それに安心して産める病院も足りなくて予約がとれない。
保育園の空きもなく、一歳から応募してても数年も待たされたり。
こんな現状がある限り、これ以上産むのは無理、という声。

子どもを連れた人に対する目が冷たい。もっと優しくしてほしい。という声。

それ以前に仕事でヘトヘトで余裕なく、子作りの為の時間も体力もない。という声。

子育てに今どうしてここまでお金がかかるのか、
つまり公教育が心もとないし、なのに高学歴がないと雇用厳しい世だから、格差底辺を我が子に避けさせようとするとどうしても教育費がかかるのだ、という声。

いや、お金がなくたって昔は子だくさんだった。今の親たちは子どものために趣味や嗜好の生活レベルを下げたくないだけだろう。という声。

また一方で
自分ひとりが生きていくのだけでもう精いっぱいな経済状況。老後の心配も考えると、
結婚はおろか、子どもを持つなど、とんでもない夢だ。つまり子どもは贅沢品。という声。

こんな先の見えない世の中に我が子をとても送り出せない。
産めばいいってただ産んで育児放棄や虐待死させるより、産むことに慎重になるほうが誠実じゃないの。という声。

そもそもどうしてアンケートの選択肢に「国の支援が不足しているから」がないんだ?という声。

だいたい、嫁姑とかのしがらみを嫌ってか核家族化しすぎて却って子どもを育てにくくしてしまったんだ、
大家族制と地域社会という一見面倒な人間関係を切り捨てたからだ。という声。

家にしばられずに個人の自己表現の選択肢を広げた結果の少子化なのだから仕方がない。
国は税収を確保したいから少子化対策をいうけれど、少子化の何が悪いの?世界的にみればもう人間はむしろ多すぎるくらいだ。という声。

なりふり構わず子どもを育てるということ自体に人生の喜びを感じられなくなっている、そんな社会風潮や教育が問題だ。もっと家族が増えることのメリットを教えていこう。という声。

色々読んでいると、何が一番ぴったりくる答えなのか、訳わからなくもなってきた。

人間一人を育てるのがラクな訳はないんだけれど、
ただこれだけは言える。
子育てばかりがヒトの幸せ、では全然、ないけれど、
子どもを育てていられるということは、苦労を伴いつつその苦労を忘れてしまうほどに幸せの範疇だということ。
育児していられるっていうその幸せな境遇の勿体無さを誰かに感謝報恩したい気ならば、
自分が関わる子どもを一コの尊厳ある存在として
誠実に無償愛でもって懸命に見守らなければ
ヒトとして罰あたりだ。と自戒を込めて書いてみる。

支配でもなく依存でもなくただ、尊重するってことの、技の難しさ。いつそれを私はすっかり会得できる?多分孫を持つ頃までには?

自分というものがいつも最優先な意識から、
自分の隣に別の肉体を持ってそこにいる「子ども」の心身を一旦最優先にする、
それはこっちまで子どもから大人へギシギシと脱皮させられる、ある種の修業でもあって。

そうはいっても子どもの育ちは、一人や二人の親の力だけじゃない。結局、「勝手に育つ」ともいう。社会の子。

そこらへんの仕事の、見返りを度外視した価値は、
何も狭義の我が子に対してじゃなくても、
人を教育するという役割に取り組んでみたことのある人なら想像し理解できるかと。
それは、手っとり早く目に見えるように測れる成果では決してないので。

というのは結局、人間がからむことはナマモノとの関わりだから。戸惑いあって当然だし。

(てことで、翌日付けの日記に続く。)


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