寄付や募金活動に対するイメージは、必ずしも明るくはない。 お金の使われかたが信用できないものもあるし 募金詐欺なんてのも沢山あるし 町内会で集められてる助け合い募金の「お一人フツーは500円です」だとかってのも何かおかしい。 そもそも、援助することが却って、その対象の自立を妨げる場合もある。
だからといって募金活動が何でもかんでも嘘だとか一絡げにしないでもらいたい気がする。 我が子が当事者になってみると。今は。
昨日、日曜日に、 息子が高校のボランティアサークルを通じて参加した、あしなが育英会の駅前街頭募金活動は、 ニセモノではないと確信している。
(あしなが育英会のサイト) http://www.ashinaga.org/index.php
ボランティアなんて偽善だという人もいるかもしれない。 もっと効率の良い支援方法があるかもしれない。 本来、国に任せるべきことかもしれない。 が、この期間中だけでも、多くの人々が、 遺児達の境遇に思いを馳せられるということの意味は、何か在ると信じる。 偽善だと思う人には思わせていればいいと思う。 でも少しでも知ってほしい。
見てきた限り(現場を見てきた。照れくさそうではあった) 募金活動中の彼らは真剣そのものだった。 ボランティアの、高校生、 実際遊びたい盛りのあの子たちが、日曜日に、 たとえどんな動機からだったとしても、
朝から決まった時間に学校近くの駅前に集合し、 喉の渇きも空腹も堪えながら同じ姿勢でじっと 数時間も立ち通していた間、 躊躇いを乗り越えて大きな声を出し、 通り過ぎる人々の視線を感じ、 ビラを受け取ってもらえたりもらえなかったり、 募金箱に善意のお金を入れてくれた人への感謝、
あの立場ならではの、様々なことを痛感して、帰ってきたときの、得も言われぬ疲労と達成感。 それを帰宅してから熱っぽく喋る子。 街角に立つこういう人々のことを、僕は今まであまり気にしなかったけれど、これからはすごく意識するだろう、という。 自己満足の部分もあるだろうけれど、人との「繋がり」を考えさせてもらえる好機には違いなかった。
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