| 2006年10月16日(月) |
LOVEシーンに対するウチの子の反応 |
この土日は息子の中間テスト&英検1次が終わったばかりで、しかも夫が休日出勤で家にいないということで、 なんか気も緩み、子供と好き勝手なことをして遊んで過ごした。
気が緩んだので、息子には「美しい国へ」(安倍さんの)だとか、好きそうな本を買ってやった。(これ遅ればせながら読んだけど結構面白いかも) 娘にも、(普段進学塾に行かない代わりに某塾のテキストを取り寄せて自宅でやっていたんだけどそれの)一区切りついたことのご褒美として一冊コミックを買ってやるという約束だったので、選ばせたら、「アニコン」とかいうブラザーコンプレックスな少女漫画の第1巻になってしまい、これから先も続くのかーと苦笑しながらも、私も読んではまりそうになった。少女漫画苦手だったはずなんだけど、その続きが気になる。早く2巻目が出ないかなと思ってしまっている。
同じ区内の、児童館&学童保育が主催の「えんにち」に娘と遊びに行って、ちょっと童心に返り、こんなときにしか買えない水ヨーヨーとかスライムなどお土産が彼女の手元に増えていった。 体育館では段ボール箱で作られた迷路なんか良いアイデアだと思った。体力測定コーナーで娘に意外と握力があったのに私にはほとんどなかったことに少し驚いた。 ダンスサークルの発表を観ていたら娘の同級生のお母さんが踊っているのを発見し、その人の知られざるステキな一面を垣間見て嬉しかった。
家では空き時間にBTTFの1〜3のDVDをまた子供と一緒におさらいしながらレーズン食べたり干し芋食べたり。 夜中に一人で真下正義のDVDも私だけ人目を忍んでちょっとおさらいしたり。 で、また子供と、漫画読んだり、歴史認識オタク本読んだり。特に日曜は家事なんかしないで子供とだらだらしてた。
(ここまでが前置きで、本題ここから) 娘の場合、 その「アニコン」もそうなんだけど、最近彼女が読む漫画はだいたい、 中学生〜高校生くらいの女の子が、ちょっと先輩の(ありえないほど美形の)男の子を慕っているけれど、そのうち思わぬ伏兵として同級の「なにコイツ」と普段思っていた(これもタイプは違うけど美形の)男の子のことも気になってきてしまう・・・というパターンが多い。 そこにまた、報われない恋とか、友情とか進路とかも絡んでくるし、小学生も結構複雑な人間関係のドラマ鑑賞を楽しんでいるのだ。 告白のセリフやシチュエーションなど、ワンパターンではなくて、大人から見ても充分使えるようなのがあって勉強になる(なんの?)。 (「アニコン」第5回の潤くんの告白の仕方が、照れを必死でこらえているような愛想のなさで秀逸) KISSシーンも(多くはないけど)出てくる。最終回とかではなくてもう初回からの場合もある。でもそれはあくまでも奇麗な絵で、 ・・・異性に対する関心が芽生えたばかりの子に見せるなら、ここで永遠に時間をとめておいて欲しいというようなキレイさだ。 そういう切ない恋の描写を含むページを、娘は淡々と鑑賞し、お風呂に入ったときなどに感想を私に話してくる。 誰は可愛い、誰のあのときはカッコ良かった、誰はあのときこうすれば良かった、あのときの告白は予想外だった、誰が笑える、などなど。 実在の中高生男子がこの漫画とは全く違うガキばっかしだ・ということを知らないが故の、夢の世界。 今しか見られない夢をたくさん見たらいいんだと思う。 私は内心思う、「30年経ってからまたこの漫画を読んでみたら、そのときは相当違う別の感想が待っているだろうねー」
息子の場合、 ラブとかセクシーとかの言葉は、いたくお嫌いのご様子。 彼氏が彼女がという会話を街中で耳にするとムッとする。 テレビの中で誰か愛だの恋だのクリスマスだのバレンタインだの言っていると、わざとかどうか、観ながら画面に向かって馬鹿だとかアホだとか悪態つく。 彼は映画やドラマにLOVEシーンはおろか男女が不必要に接触する場面が出てくると、明らかに眼をそらすような避けるような風情を醸し出す。親や妹と一緒に観ていても、その話が一回観たものであれば、「ここからやばい」と思うのだろうか、ふらっと席を外してしまう。 たとえばBTTFの1であれば、ビフがロレインに絡んでいるシーンまでくると、ソファのクッションなど投げて遊びだすし、ダンスパーティの駐車場で車内にマーティとロレインが二人きりの場面なんて既に別室に行ってしまって観ていない。だもの、ジョージとロレインがうまく結ばれハッピーなシーンなんて味わっていたことなどない。そうなるとこの映画の魅力の半分も味わえていないじゃないかと私はイライラする。でも落雷を利用してデロリアンが1985年に戻るところなんかは、息子は一生懸命観ている。 意識しすぎで怪しい。いや、何かおかしい。色恋沙汰が心底からキライなのだろうか、それとも興味がありすぎて照れくさいのだろうか、 私としては健全に後者であってほしい、そしてこの過渡期を乗り切ってケンゼンで誠実な恋をいつかして欲しい、と願っているんだけれど。
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