| 2005年10月05日(水) |
立読書感想文(同窓会の気恥ずかしさを説くみうらじゅん) |
うっかり長々と立ち読みしてしまって、買おうか迷った末に買えなかった本がある。
「正しい保健体育」 みうらじゅん・著 理論社 http://books.yahoo.co.jp/book_detail/31477617
思春期からずっと続く男子の「本業」を、いかにまっとうするか、 「恥ずかしさ」のセンスこそ大事なことである、 義務教育にないことは一人で「自分塾」の活動(親が家に不在の間のちょっとした時間など)で補うべし、 二十歳までは童貞でいるのがいい、妄想をたくさんすることが大切、 女性はすごい存在なのでどうしても男性にはかなわない、そんな女性を大切にしよう、 愛とはシモの世話ができること・家族のウンコがつかめること、台所の三角コーナーをさわれるようになることが子育ての条件、 ・・・等、意外と好感の持てる言葉もあって、一見教科書のような、でもこんなことよくぞ書いたよというものだった。 本屋さんで私は笑いをこらえたり、隣の人の視線を気にしたり、 これを我が子にも読ませたいなと思ったり、いやそれはやっぱりちょっとな、と思ったり、 とにかく時間の許す限り立ち読みしてしまった。
以上、前置き。で、そこに書いてあるんだけど、 「同窓会」に出ることは、ヒトとして、「恥ずかしさ」を伴うものだ。 恥ずかしいと思わずに堂々と出られるのなら、それは「獣」だそうだ。
そうかーそうだったんだ・・・。 だから、こないだ、息子は、卒業したばかりの小学校クラス会に、気乗りしてなかったんだね。 「行けばいいじゃん。楽しんでくればいいのに」としか言えない私はデリカシーのない母親だったんだ。 その点、私は半獣かもしれない。 恥ずかしいのもよくわかる。居心地の悪さ。過去の自分を切って捨てたい感じ。 とても親しかった人も疎遠になった人も一堂に会して、名前も忘れかけてるのに思い出したような振りしたり。 けど、一方では歳のせいか、ずうずうしくなっていて、都合の悪いことはなかったことにしてしまえるし。
さて今月は娘の幼稚園の親子同窓会があるし、来月は私の学生時代のサークルの同窓会がある。 この特にサークルのほうは、出席に一大決心がものすごく要る。懐かしいは懐かしいんだけれど、 あんなにどっぷり漬かっていたサークルの日々も忘れて、先輩後輩の名前もかなり忘れている不義理。 若気の至りで、きっといやな思いをさせていたに違いない人にも、会ってしまうだろう気まずさ。 それでも、もし案内状送付リストに当時憧れの人とかの名前があって、その人が絶対に来るという保証があれば、まだしも・・・・。
まあ、この本を二時間も立ち読みしていられる時点で充分私は恥知らずだからいいんだけど。
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