| 2005年07月11日(月) |
我が子ファンとして在るべき姿とは |
こないだ娘のクラスの保護者会で担任の先生が、ある「水の話」を紹介してくれた。
コップに水を入れたものが2つ。 ひとつには、バカとか死ねとか汚い否定的な言葉を聞かせる。 もうひとつには、素敵とかありがとうとか美しい肯定的な言葉を聞かせる。 すると悪い言葉かけをされた水よりも、良い言葉かけをされた水のほうが、傷まないし、結晶もきれい。 なんだそうだ。
さて人間の70%は水でできていて、当然回りの言葉に影響を受けている。 だから、きれいな言葉をかけ合うほうがいい。
科学的にも、ありえない話ではないなあと思う。聞いていて快い言葉には、快い何かが含まれている。サボテンだって味噌だって、モーツアルトを聞いていると、きれいに美味しくなるらしい。
この先生のクラスで、良かった。
また先日、学校で催された、カウンセラーの先生の講演会でのこと、 集まったお母さんがたに、先生は「自転車」と「一円玉」の絵を、何も見ずに描かせていた。
いつも見ていても、意外と、ぼんやりした記憶しかなくて、描けない。 一円玉は、実際よりも小さく描いてしまう人、多数。私もそうだ。
見てるつもりでも、見ていない。子供に対しても、同じこと。わかってるつもりでも、心を見てない。本当は大きいのに、小さいと、思い込んでいる。
この先生のお話のエッセンスは、いつも次のことに集約される。 思い込みを捨てて、子供をよくよく見て、話をきいてやり、受け入れて、結果じゃなくプロセスを誉め、自己肯定感を与える。 与えられたものしか人に返せないのが子供。自分が好きになれれば人を好きになれる。何かあったときに自分で解決できる勇気になる。 いつもそういうテーマなんだけど、聞くたびに新鮮で、はっとするお話だった。
去年までPTA活動に関わりまくってスケジュール表の書き込みが多くって、いつも落ち着かない私生活だった反動で、今は家にいる時間を味わいたくて子供と過ごしていることが多い割に、案外子供のことを見ていないのかもしれない。 まあ、TVドラマもいいけど、やっぱり子供がいる以上、子供のファンでいたいってことで。
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