いま、ちょっと(かなり)ほっとしている。今日、娘の誕生祝と息子の合格祝いをくれるためやってきた親戚のみんなが、ちゃんと無事に満足してってくれたので。
あとで祖母(私の)から電話があって、おしゃべりした。最近祖母は、やや弱気になっているのと、私(と子供達と夫)に対しては必ず手放しでほめてくれる。 ・・・嬉しいが、ちと寂しい。 90歳近い人の気持ちは当人でなければわからないけど察するに、ホントに、孫とひ孫の顔を見るのが、唯一にして最大の自己肯定なのかなー。 うつろい過ぎ行く人生の中で、世の中の動きに置いてかれつつも、「確かに私は懸命に生きていた。子供のために孫のために。」ってことの再確認。 だから祖母の前では、ちょっと気が疲れるけど、「40歳になろうが白髪が発生しようが、可愛い(!)孫でーす」ってアピールするのが、せめてもの私のできることなんだ。 こういうの10年前にはシンドかったけど、今はわりと落ち着いてできるあたりが、私もオトナになってんのかしら。
「この子は丹精こめた私の作品」だとかは、私は子供に対して思わない「ようにしよう」と「強いて」思っている。けど結局どこかでそう思っちゃってるんじゃないか。子供のことを誉められると、そりゃあもう嬉しいから。 私が育てたんじゃなくて、子供が育ってくれちゃったんだっていうのにねえ。それを私の手柄にしてみたいんだ。
娘はフェルト手芸のセットを贈られて喜んでいた。 彼女の夢は、一年前はモデルとかエレベーターガールとか占い師だったけれど、今はデザイナーになりたいのだった。 その夢に向かってのことなのか、最近ますます工芸活動に力が入り、ちょっと可愛いものや、工作に使えそうなものをみつけては、「これ使うからとっておいて」とため込み、それを切ったり貼ったりして常に、何かわけわかんないものや、吹き出しちゃうほど微笑ましいのや、配色がきれいで感心するようなものを、大量に生産している。 こういうところは、母である私には、ちっとも似ていないし、私よりもっと女の子らしい細かさとか気配りとか、まめな一面があって、 「よくぞ私に似ないで育ってくれた」と感謝したいくらいだ。
こないだ、学校の、卒業を祝う会にて。6年生は全員、各自で親に感謝の手紙を書いてくれた。息子の文面は、こんなだ。 「母へ いつも朝夜ごはんを作ってくれてありがとうございます。いつも安全を気にしていてくれてありがとうございます。これからもよろしくお願いします。 父へ いつもぼくたちのために働いてくれてどうもありがとうございます。ぼくの将来のことを考えてくれてどうもありがとうございます。これからもおねがいします。 妹へ いつも遊んでくれてありがとう。これからもよろしく。」
この、やたら真面目な感謝状は、きっと彼なりに一杯一杯になって搾り出した文面だと思われる。そしてきっと、嘘じゃなくて本当にそう思って書いているに違いない。 こういう真面目さは、私よりもどっちかというと夫に似たんだと思う。 だけどそれ以上に彼のキャラは彼独自のもので、ときどき何が出てくるかわかんないような笑いをとりにくるから、飽きることがない。
私のように面倒くさがりやでコト無かれ主義なだけで生きてきた者が、こんなふうに子育てをできる環境がもらえ、このような子供に恵まれ、 そのうえ息子が学校で合奏していた「アフリカン・シンフォニー」が気に入ったということだけでヴァン・マッコイのCDをアマゾンから買ってしまえるインターネットにも縁があって、しかもそのついでに自分が聴きたかった「吹奏楽コンサート課題曲」も注文しちゃって、そこに収録されている「砂丘の曙」はまさに私の中学のとき一瞬だけ所属していたブラスバンド部で演奏した曲だったので、ついに見つけて感動し、ついでに3、4枚前から聴きたかったのをまとめて買ってしまい、代金引換で1万4千円もはらう段になってかなり冷や汗だったけど、なんとか現金で払えたことが、そんな身分でいられる自分のほどよいぬるさが、とにかく今は嬉しくてしょうがないです。
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