| 2005年03月03日(木) |
オペラ座の怪人または美女と野獣とかその辺り |
昼間はお友達に誘われて映画「オペラ座の怪人」を観たのでしたが、哀しい運命を予想して観る目にはすべてが哀しく見えて、最初っから落涙してばかりいて、実は細かいところを見落としていたのかもしれない。 哀しい哀しい。最初で最後に彼女からもらった口づけだけが多分彼のその後の生きるよすがになったんだと思うけど、 この世に生まれてきて、愛情実感があの瞬く間だけとは、そしてそのあといったい何十年どんな思いで暮らして死んだのだか。 でもその一個だけ宝があって、良かったじゃないか?って言っていいのか?
酔いが少しさめた夜は、私のお気に入りのディズニー作品であるところの、美女と野獣、との単純比較を頭のなかでぼさーっと、 繰り広げてみた。あまりに大雑把なくくりだけど、どっちもミュージカルだしさ。
まずなんでいつも彼女は美人で、美人はなんでいつも心も綺麗? 醜い外見ゆえに虐げられて世間を恨んでひきこもってる男はどうしても美人に対して平静ではいられない? 最初は彼女に威圧的で束縛的で、だけど彼女が心を開かせてくれたおかげで利他的な愛に変わって、というところが、だぶっている。 けど、ファントムのほうがぎりぎり最後まで、いわゆる悪いやつなだけにリアル。 愛してるなら彼女の幸せ考えてやりなさいよなんて、言うのもおこがましい気分になる哀しいところ。 恋敵は悪人じゃないところも厳しい現実。
・・・なあんて色々と重ね合わせてふと次の3点がいやに心に浮かんでしまった。 1、恋愛対象は、やっぱり、一人にきめなきゃだめなの? (ファントムだって子爵だって、どっちも素敵じゃないか。) 2、同情と愛情って、いっしょくたじゃだめなの? (線引きなんてできないときってあるでしょ?というか、融合させちゃまずいの?) 3、私が男の人を好きになるのって、だいたい外見と中身のギャップが嬉しくてだけど、それって普通の人の良さをみつける眼力に欠けてるってこと? (中身の綺麗さ可愛さをひきたてるための外見の哀れさ冷たさ、が揃っていないと、素敵な人だかなんだか見分けがつかないってことかい?)
考えてみれば、好きになるって、人類全体の幸せにとっては迷惑なことなのかもしれないけど、個人的にはなくてはならない幸せなので、矛盾なしにはいられないことよ。
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