| 2005年03月02日(水) |
PTA活動のあれこれ長文 |
PTAの委員や役員をやってると、ホントにいろんなタイプの人々に出会う。 PTAの役に関わる姿勢が、いろいろだ。 ポストが埋まらない沈黙に、耐え切れないで引き受ける人。涼しい顔で引き受けないでいられる人。 引き受けたくても事情あってできないけどごめんねごめんね、せめて手伝うことがあったら言ってと、申し訳なさそうにしている人。 クラスとか学校とかに対して本当に意識が高いために進んで引き受ける人。 それを見て「やりたい人がやればいいじゃない」と声に出して言っていられる人。 引き受けたのに一度も委員会に出てこない、それでいて「もう委員をやったことがあるから、いいの」と言える人。 自分が委員長でないと面白くない、それでいて面倒な地味なことは誰かに任せたい、派手なことは自分の手柄にしたい人。 人に厳しい注文を言いたい放題つけるのに、手を貸してくれるわけでもない、結局外野の人。 もう今までにたくさん委員もやって、その間に妊娠出産、乳児育て、断る理由には事欠かないのに、いいわよーと引き受けてくれる人。
それぞれの事情もいろいろだけれど。職業とか家族構成とか家庭事情とか健康状態とかあるけど。 だけどさ。 ちょっとややこしい役を引き受けるのは、いっつも、限られた人のようで。 それも、必ずしも「日中家にいられる人・身軽な人、が役を引き受けている」というわけじゃないんだよね。 現に今年度の役員の半数の人が外に仕事を持っているし。 介護だってやってる人もいる。 しかも毎年なんかかんか引き受けてくれてた人ばっかり。肩書きが変わるだけ。
昨年度・今年度と、2人のPTA会長のもとで仕事をした。全く違うタイプの2人だった。
昨年度の長は、仕事をばっさり切って減らそうというスタンスだった。面倒なことは極力やめようと。 余計?な仕事を作らない、それはある意味では役員として一緒にやるには助かることも多かった。 いらない仕事はもちろん、要るかもしれないものも、どんどん捨てたほうが、忙しい人でも勤めうる役員、を目指せる。・・・でも、 実は、そうすることによって、そこに残った必要最低限な事務の存在価値が、限りなくゼロに近くなっていく、と、 PTA自体の価値が下がる、意味がなくなる。ということは。PTA活動に関わるのは時間の無駄、労力の無駄、 「ただそこにあるだけ」のPは、いつかTに甘くみられるのだった。 ラクで引き受けやすい役員を目指してるはずなのに、それじゃあかなり虚しさが残る。
今年度の長は、「前年度と同じことをすればいい」なんて露ほども考えていない。 必要なことはもちろんのこと、仕事をどんどん探してくる、作り出す。 子供たちや保護者や先生のためになりそうなことなら、前例に無かろうが、はじめてみる。 新しくはじめるのだから、レールを敷くまで諸々の手続きが発生して、今年度は 「なんでこんなに忙しいの、きいてないよ、こんなはずじゃなかった、こんなことなら引き受けなかった」という内心の声も。 ・・・と、最初は思ったりしたけど、実は、少し違った。 PTA活動の、本来の存在価値が、付加価値が、顔を出したことで、やってることに意味が出てきた。ということは、その活動に費やす時間も、無駄ではなく、 Pの意識の高まりはきっと波及効果でTに影響し、 子供たちや保護者や先生に、還元されていくし、ほかの子がちゃんと育ってこそ自分の子も育つとなれば、見返りもある。 よかれと考えて仕事をするのだから、充実感もある。 しかも来年度に向けて、後任の人が少しでもスムーズに歩ける道をつけるために、立つ鳥あとを濁さないために、余分に働いてしまう。 それを見た人に「なんだか忙しそう、やっぱり役員なんてやるもんじゃないわ」と勘違いされちゃう、これは矛盾・・・。
わかってくれる人びとがわかってくれさえすればよい、役員なんて、縁の下の者だとわりきらないと、やっていけないね。 中に入ってみないと、大小さまざまな気苦労は、なかなか見えないもの。だけどPTAの役やってるからって偉いわけじゃない、 自分の子育てやお勤めや夫のサポートとか、それがまず優先だよって言う人も、正解。むしろ大正解だと思う。
それでも私なんかは、ずるいし小心だから、「長」のつく役を避けつづけている。 「あちらたてればこちら立たず」という板ばさみに立たされる役、を乗り切る自信がない。 こっち向いたらあっちは見えない、死角が多すぎる私の視野、全方位に適切な気配りしながら、かつ、みんなをひとつの方向へ引っ張って導くなんて、私からすれば神業だ。 私にはその処理能力が絶対に無いと思う。
だからかなあ、 自信たっぷりではなくても懸命に・いろんな方向を精一杯むいて・持てる限りの愛情を携えつつ・「長」じゃない人の気持ちもわかるだけに・ときには手探り状態に悩みつつ・恩着せがましくなく・ある種の度胸も発揮しながら、利他的に「長」のつく役をやってくれてる人、 そんな人をみると、 私には手の届かないような憧れ的な恋愛的な好意というか、そんなこんなで目が離せないような気がしてしまう。
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