気が向けば・・・。


この今の瞬間に過去も未来も入ってるらしいし(何時でも)この小っさな頭蓋の内に宇宙も入ってるらしいし(誰でも)
だから、ひょっとしてこの矛盾に溢れた日記も、何時かの誰かに繋がったりするかも、って思ったから
少しだけ秘密度を緩めました。



子ども虐待防止「オレンジリボン運動」

2004年09月11日(土) 正体不明なものはコワイ

3年前のNY同時多発テロ事件にからんだ「9.11ブッシュ謀略説」のテレビを、息子は食い入るように見る。
この夏、塾の合間に見たマイケル・ムーア監督の映画の記憶も新しく、「アメリカにだまされないぞー」とか言う。
ほんとうは私利私欲なのに世界の平和の為だとごまかした、と。
テロへの恐怖が煽られて、でも結局石油利権と軍需利権の為に、
イラクはもとよりアメリカ人の自由や命まで削られていった、許すまじ、と。
(でもその映画やテレビのことはどこまで信じていいのか?)

「テロリスト」とか「敵国」とか「悪の中枢」とか、見えないもの・よくわからないもの・はコワイ。
恐がらせておいて、それをうまーく利用してみんなを操ろうとする別の誰かはもっと怖い。
それが誰かもよくわからないので、何を信じてればいいのか見極めるのに緊張しなきゃいけないから、めんどくさい。
けど、分かりやすい話だけ鵜呑みにしていたら、みんな危ない。

経験則から推測するしかない。いかにも良さげな話には、たいてい裏があるってことを。

20年前の夏に、人生勉強のサークルと称した某宗教団体の合宿から、一人脱出して、拝島駅から寂しく帰途についたころから、
私はちょっとは疑い深くなったかな。
これは良いことだと思い込んでいた自分が今は不思議だ。あの合宿の一日目に気付くべきだった。
やたら「世界の終末」の恐さを強調した話が夜遅くまであって、そこで「おかしい」って気付かなかったほかの数十人の若者は、あの後どうしたのか。

追伸 恐がらせられると冷静な判断ができなくなるのは本当だ。
こないだウチに隕石が(いや実はコンクリートの欠片らしい)ぶつかったとき、ちょうど私が座っていたソファのすぐ横の窓ガラスにすごい衝撃があった。このときも私はとてもうろたえてた。
外に落ちていた石をすっかり隕石かもしれないと思ったけど、もしこれがもう少しひとまわり大きかったら、窓は突き破られて私は死んでたよ、とか
これが隕石じゃないとしたら、じゃあ誰かがウチを狙った?誰がどこから?見えない犯人、もしも子供に当たっていたら?
この石はもしかしたら、どこかに届け出しなきゃならない?区役所?研究所?それとも警察?これは家宝?それとも証拠物?
とりあえずその後お隣さんに見せても、近所のスーパーのおばちゃんに言っても、帰宅した夫に見せても、答えは全て「コンクリートでしょ。カラスが投げた?」
と言われれば、もうそれはコンクリートにしか見えなくなってしまった。もうどこからどう見ても、コンクリートだ。そして犯人はカラス、ってことでいいや。


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