2004年06月10日(木) |
結婚15周年の幸せ すごく長文 |
予想だにしなかった何か小さな出来事の瞬間に、手のひらを返したように、 別にどうとも思ってなかった人を急に見直すことって、あるんだよ。ごめんなさい。
でも当時私は、現在にも増して、祖母とか親族とかに心身ともにとらわれていて もう20歳過ぎのくせに、一見良い子で、でも幼稚であった。 私が惚れる人人みんな、地に足がついてないような、理想という名の霞を食う仙人のような人ばかり。 これらの人々に「彼女にして」だの「嫁にして」だの言えない訳があった。 私の好みと、おばあちゃんの好みとは、相いれないものがある。 好きな人をこんなムズカシイしがらみに巻き込みたくない、と言えば格好いいが、 ホントは、おばあちゃん達が反対するだろうからメンドクサイ、私は自分がかわいい。 所詮その程度にしか誰のことも好きじゃなかった。
会社勤めも2年くらいすると身内はにわかに「縁談縁談」と焦り出し、私も苦しくなってきた。 「髪の毛の先まで全部好き・言葉のひとつひとつにうなずけるような、片時も離れたくないような、そんな人」 なんて、きっと無理無理。出会えるわけない。 それより、結婚は自由へのパスポートと割り切ろうと思った。 身内からの保護下から抜けて干渉をやわらげるような、安心・信用させることのできる人と一緒になれば、少しはラクになる? 実直そうな人との縁談あり。親戚の説得に悩みそうな点のなさそうな、お勧めできるタイプかも。 この人には申し訳ないが、しがらみにうまく巻き込まれてもらおうと。 見合いから3ヶ月ちょっとで婚約。
ところが蓋を開けてみれば、夫&その父親は仕切りたがり、「女はうちの中にいて余計なことはしなくていい」主義。 釣った魚に餌は要らない、お互い様。価値観がかみあわない、そんなの最初から承知の上だったはずだけど。 ジューンブライド、時の記念日、初夜のスイートルーム、なのになぜか まず、給与振込口座の管理について確認、討論、平行線、気まずい。気まず過ぎる。 新婚旅行後の実家への挨拶。目と鼻の先にあった私の実家に先に行ってはいけない、まずは夫のほうからだと言われ 素直に従えないでケンカする私も結局は実家からの派遣大使みたいなもので。 なんだ、ある意味似た物同士?配偶者よりも自分の親に気に入られるほうが重大事なのか?お互い。 そういうことなら話は早い、ニーズは一致してるみたい。 私も一応結婚を経て親族への義理は果たしたし、適当な頃を見計らってお別れしよう。子供がうまれないうちに。 簡単なこと。私が地を出せば、向こうからどんどん嫌いになってくれるだろう。家事もろくにできない不精者なんだし。 いざとなれば、親戚のせいに責任転嫁?ああなんて私ってヒドイ。
・・・・・・なーんて考えたりもしていたのに、いや人生って実に分からないものだ。 あの、仲人さん宅に挨拶に行った帰りの夜。やっぱりそこから何かが変わったんだと思う。 彼は飲めないのに断れずに飲まされ、でも新妻の手前気丈にふるまっていた。 弱みを見せたくない人だったと思う。駅のホームで彼が「ちょっと休んでくから先に帰ってて」というので 私も薄情なことに、「そう言うなら」と一足先に電車に乗った。みずくさい新婚夫婦。 次の駅で、やっぱり気になって降りて、戻ってみた。 そしたら彼は、死ぬのかと思うほどの具合の悪さで、ベンチに倒れている。 さっき私が電車の窓から見た彼は、ちゃんと立って、少し笑って、手を振っていたんじゃないの? 本当に同一人物なんだろうか、この人は。 しばらくそこに一緒にいて、一緒に帰宅した。普通一緒に帰るでしょう、新婚なんだから。 別に妻の前で、倒れようが、吐こうが、いいじゃないのか。何をそんなに遠慮することがあろうか。吐いてラクになればいいの。
それ以来、その、窓から見た彼の弱弱しい笑顔を、優しさのひとつの象徴というか、片鱗として、脳裏に焼き付けてしまい、 それを後生大切に、15年間保存してある。 その後もぽろぽろと、テニスのサーブのフォームがカッコイイだの、わりとヘンな冗談がうまいだの、怒りかたが上品だの、実は子煩悩だの、 「私とは違う考え方だしタイプじゃないけど、結構いいところあるんだ」な事が発掘され続け、 家族愛と恋愛と単なる執着と惰性の微妙な中間地帯を行き来しながら、でもやっぱり家事への情熱は今ひとつ盛り上がらないまま、 時々むなしい平行線の討論や、たんなる不機嫌の応酬もしながら、 それでも離縁もされずになんとか楽しく今に至っている。これは一種の幸せではないだろうか。
一方、彼のほうは、私の「思ったよりいいとこあるじゃん」ってところを果たして何か発見してくれたのだろうか? 何かの拍子に、急に見直されてみたいものだ。 それか諦念の境地に無事着地したのかもしれないね。それはそれでまあ、めでたいかも。 会社帰りにケーキを4個買って来てくれたので、今日が何の日か、覚えていたらしいです。
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