| 2002年12月17日(火) |
幸せを知ってる彼が、幸せにする(また会いたい) |
ここまですっきりカンペキにファンタジーだとは天晴な・・・。ホントに突っ込み所満載だけれど。 でも今は納得できる。彼らは前世では辛すぎた。だから今世では報われたのかも・・・。 幸せになってしかるべき心の持ち主が、幸せになる世界を、垣間見られた。疲れた目には優しい。 こういうのも、うん、いいじゃない。
それよりも重要なのは、彼の知能が高まろうが退化しようが変わらないひとつのこと。 彼の奇跡的なほどの慈悲。どこからあの優しさはくるのか。
彼は幸せになりたかったんじゃなくて、すでに幸せを持っていた。生きてること自体が幸せだと思える技を。
だからあんなに笑顔でいられるんだ。だからあんなに周りの人々の気持ちを劇的に浄化できるんだ。 自分の・他人の・ありのままの「存在自体」に感謝できる彼だから、みんなも彼のありのままな「存在自体」に感謝できるようになった。 そんな180度な奇跡の変化を産んだのは彼の魂。きっと「ありえない偶然」でも「予定調和」でもないんだわ、実は。 これは起こるべくして起こった、もうひとつの世界の奇跡なんだ。今はそう思える。
だけど私の恋心はどう納めてくれるんだ?
あの心もとなさげにママを恋い慕うあかんぼみたいな顔。 あの無邪気な万能感あふれる子供みたいな顔。 知ることの喜びに目覚めた得意そうな眼。 知るほどにひねくれてきて、自虐的で、誰も信じきれなかったときの哀しい顔。 せっかく手に入れたものが消えると知ったときの絶望の表情。 叶わない切ない恋なのにいっぱい愛のある恋のしぐさ。 あきらめから転換して、全てを惜しみ、許し、慈しむような眼。 いろんな苦しみも忘れてしまって夢の中にいるような、再び子供な笑顔。
あんなマペットショウの人形みたいな口元にあんな癒される笑みをたたえて、 猫みたいだけどちいさな眼にあらゆる感情を映して見せてくれて。 全部が同一人物だった。これらの彼のすべてを、どーして忘れられよーか。
彼は私にとっては絶対に架空の人物なんかじゃない。 生きてたし、ずっと生きてる。 もうひとつの「アルジャーノン・・・」の物語の中から、とうとうこっちに来てしまったんだ。 あなたは忘れちゃっても、私は忘れないからっ。藤島ハル君、一日一度はビデオで会おう!
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