| 2002年12月10日(火) |
アルジャーノンに花束を |
人はみんな、最初は赤ちゃんで。だんだん知恵がつき。歳に応じて頭も心も発達していき。 世の中を信用できたら、自分を実感し、その延長で、他人のことも考える。 うんと鍛えた脳みそと、積んだ経験を、フルに使って、世のためにひと働き。 そしていずれは老いてゆき。子供に戻り。無理をせず、蓄えた知恵は子孫の代に譲り。 そして身体は無くなっていく。いつかは必ず。 始まりと終わりは誰にも例外なく訪れる。そんな人生のタイムテーブル。
でも時間の進み方がもし、極端に周りと違ったら?彼は、周囲は、何を感じ、何を与え、何をもらうだろう。
「アルジャーノンに花束を」の主人公は、そんなふうに、他人とは全く違うスピードで、人生を進む。 始めは、ゆっくりゆっくり歩いていた。それからあるとき、一気にみんなを追い越した。 そうして得たものを、こんどは誰よりも早く、急速に手放す運命に対峙する。
だから普通の人なら気づかないことに、沢山気づいてしまう。 普通の人なら見落とすようなこと。生きる幸せって何。愛するって何。受け入れられて、受け入れるって、どんなこと。 頭が良くなれば見えるもの、失うもの。与えられたものを生かせるかは、まず、心ひとつ。
急に増大した知能と知識についていけなかったのは、かつての自分を肯定する心、自分が愛されているという実感や、人間への信頼感。 それを回復するのにどれほどもがき苦しんだか。 だけどその知能をまた失うと知るころに、一番辛い自分を抑えて、人を思いやるまでに成熟した。 そんな自分の生きていた証を残したい、自分の中に、誰かの中に。残せたら、それだけで幸せ。 幸せの意味、愛する意味、それを考える機会を与えられたことへの感謝。それを忘れてしまうかもしれない恐怖と哀しみ。 逆らえない流れの中で、ああ、彼は今、すんごい状態だ。
この原作のテーマは、一見、「知的障害」、だけどそれは方便かもしれない。 「SF」と括ってしまうにはあまりにも考えさせられる小説。
その舞台を現代の日本に置き換えて、いっぱい詰まったものの中から思い切って抽出・アレンジして見せてくれているのが、 フジテレビの火曜日22時からのこのドラマ。
原作と比べて不満だとか、ストーリィ設定にリアリティがないとか、菅野美穂のキャラが身勝手で泣き過ぎでとか、視聴率が悪いとか、 いろんな批判もあるが、それもユースケサンタマリアの演技を観てると、ふっとぶ。 誰が何と言おうと彼の演じる主人公は、生き生きと実在する人のように、私を釘付けにしている。 決してハンサムではないのに、だからこそ、細い目の奥、その表情にやられる。欲しくなってしまう。 今、その「藤島ハル」に、いとし・恋しである。 画面の向こうに飛び込んで、彼の傍に行って、励まして、なでてやらなくちゃいけない。いますぐに。
(最終回は17日か・・・・早く観たいような、いつまでも終わって欲しくないような・・・。)
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