この色覚異常というのはどのくらいの頻度で起こるものなのか。なんと男性では20人に1人ほどだそうだ。結構たくさんいるんじゃないの、と驚かされる。 それなのにこの世の中は、そういう色の見え方の人を無視したつくりがあまりにも多い。 色だけをたよりに分別せざるをえない情報が無神経に氾濫しているのは、色の見え方が違う人が存在することすら知らない人が多いからだ。 私も、そんな認識があまりにも足りなかったことを、反省させられる。 うちのテレビは電源オンのときに緑のライト、オフのときに赤のライトがつく。それもかなり小さい。これは息子には見分けがついていなかったかもしれない。 電車の路線図なんかも、都営新宿線と銀座線、ぱっと見には区別がつきにくいらしい。都営三田線と半蔵門線の色分けも。「どっちが半蔵門線?」「紫のほうだよ」「どっちがむらさきなの?」という会話を私は息子と、かつてしていた。知らなかったから・・・。 緑色の黒板に赤チョークというのはかなり見えにくいということは、最近でこそ教育業界に知られて配慮されているけれど。私の子供のころはそんなこと先生も生徒もしらなかった。人知れず不便を強いられていた子が少なからずいたのだろう。
そんな世の中だから色覚異常の人にとって進路選択は、ジャンルによっては、ある程度狭まってしまうこともあるだろう。けれど就職の際の色覚検査を廃止したり色覚を評価に取り入れないところが今は多いらしい。 色覚異常でも日常生活や仕事に何ら不自由を感じない人がほとんどで、運転免許も大体の人が取れるようだ。
もっと望まれるのは、全男性の5%も存在する色覚の人に不便を感じさせないで済むようなデザイン(ユニバーサルデザインのひとつ)がさらに普及することだろう。だけど色覚異常の人の存在は、何故かあまり表に現れない。だからいつまでたってもその不便さに人は気づきもしない、私もこないだまでそうだったように。 なぜか。なぜその人々は表に現れないのか、その答えは。色覚異常は先天性で治らないからか、自分では気づきにくいからか、それとも、 それが遺伝性のものだから・・・か。 (続く)
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