| 2001年09月12日(水) |
おんなじ人間・でも違いすぎる人間 |
勧善懲悪のストーリーにも、いろいろなパターンがある。 悪いやつに徹底的に武力で報復して痛めつけて押さえつけてめでたしめでたし、というのが多いけど、 悪いやつを改心させてすっかり味方につけちゃって仲良しになってハッピーエンド、なものもある。 どちらも「そんなに簡単じゃないよ」って思う。男の子向けのお話は前者、女の子向けには後者が多いみたい。 でも前者のほうが、話として派手で、面白いのか、よく使われる。 闘いが好き、という心理が誰にでも少なからずあるんだけれど。
子供にどう教えていったらいいのか、今の世界情勢。大人が考えてもよくわからない。 だれが悪いとか良いとか、何も答えが出せない。 ただ、世界には、人それぞれがひとつずつ持っている命ってものよりも、 体制とか主義とか教義のほうが大事だ、という考え方が存在するんだな、と思い知らされる。 「命あっての物種」という言葉は世界共通じゃないってこと。命のための主義じゃなくて主義の為の命。 だから飛行機に何人乗っていようがそれをのっとって、これまた何千人がどうなろうがビルに突っ込ませられる。 「そんな思想やら宗教だったらいやだな、命に勝るものなし」というのもこっちのひとつの考え方に過ぎないから、 むこうにとってみれば、「そんなのは愚か」だってことなのかな。
地球としてはどっちに賛成なんだろう。意見聞いてみたい、邪魔な人間が自滅してくれたほうがいいの? 宇宙としてはどういうつもりでいるんだろう。何を期待して何のために見守っているのかいないのか。 神様いるんなら黙って見てないで教えてほしい。
どこの国のヒトだって、ヒトのおなかから生まれて、おっきくなって、 ひとりひとりが家にもどればそれぞれ生活があって、おいしいとかうれしいとか健康に感謝とか、 将来の夢とか好きなひとがいてとか、・・・人間なんだけど、それが集まっていつのまにか、 何々VS何々、という図式によろこんではまっていって、闘いに燃えて、地球のうえでつぶし合うのは、 絶対どこかから誰かに見られてて、そして嘲笑されてるか哀れまれてるか悲しまれてるか、 「どうでもいいからやらせておけ、いつまでたっても学習しない者どもだ」と言われてるか。 いや、見てきたわけじゃないけど。
むかーしは村と村、それから小さな那と那、日本のなかでも藩と藩、そして国と国、っていって、 いつまでも戦ったり奪い合ったりしてるけど、そんな状態で宇宙開発どころじゃないよほんとに。
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