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えー、ほっぽらかしてましたが、土日にはどうにかサッカー関連な何かを書けるのではないかと思われるわけで、今日はサッカーと九割は無関係のことを愚痴って寝るので、サッカー関連目当ての人向けではないです。私の醜態に興味のあるかたはどうぞ。 私は生きている以上自分をそれなりに信じてやって、愛してやって生きていくのが自分の義務だと考えているわけです。なぜならそうじゃなかったら私を信じて愛してくれる人々に失礼だと思うからでね。そいつらの信頼とか眼力とかを裏切ることはしたくないんだな。でも他人がそうであったほうがいいとは思わない。私だけの個人的なルールだから。 非常に自分勝手だから、私は私を信じて愛してくれる人間を信じるし愛するわけよ。私は無神論者であって、神様よりも自分と自分を可愛がってくれる人間を信じるね。神様なんて所詮人間の心の中にしかいないしね。「神」なんて言葉で言いあらわせる時点で「神」は超越的な存在じゃない。 まあでもそれでもできない時はあるよね、自分を信じるとかそういうことがね。ちょっと人間として疲れてる時とかね。それでもだましだまし生きていくんだなあと思うんだよな、自分をな。 …早い話いかに上手くだますかが勝負の分かれ目だと思うんだ。 どうやってだますかっていう話になると、これはもう自分以外の何かを信じているのに、まるで自分を信じているかのような気分になってだましていくってことだと思うんだ。 私の場合はこれは大抵過去だ。過去に何をやってきたか、目に見えるわかりやすい結果を見て、それを信じる。過去と現在が繋がっていなくても、信じてみる。無理やり。 でも過去に何の実績もないことに関して落ち込んだ場合それは応用できない。ではどうしたらいいだろうか。私は未来を信じてみる。 「明日起きたら天才になってるかもしれん」 「明日起きたらいいことがおきるかもしれん」 これだね。これでダマしきるね。自分を。 現在が駄目なら過去か未来だろ。現在のパラレルを考えるから落ち込むんだな。『あのときああしていれば』ってのは現在のパラレルに繋がるから絶対駄目。これをやるとキリがない。もうね、そういうのは切り離す。いい過去だけ未来にはつれていく。悪い過去は一瞥して、多少の反省の後捨てる。 どうせどんなにぐじぐじ悩んでも過去はかわらんし、現在もそう。だったらいい過去だけ可愛がる。悪い過去はどうせほっておいても何らかの障害となってついてくる、だから意識の中では捨てる。そこから派生した障害に挑む時に、経験のひとつとして見ればよし。悪い現在についてはもうナイスな明日のコト考えて寝る。それだけ。 本当は悪い今日に続く明日はな、大抵今日より悪い日なんだよ。 でもそんなことうじうじ考えてると生きていけないんだよ。 考えると際限なく下まで行くタイプだからこそ自分を鼓舞。 必死。そこに命をかけてみる。アホらしくても。 …だから言う。 私は今 自分が大好きだ。 明日はきっとイイ日だ。 …次はアビスパも勝つと思うよ?
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