ケルト文様に 開眼したムスコが 次の朝には早速 鉛筆削りを横に 紙を広げていた
その後 一緒に図書館で カリグラフィの参考本を 何冊か見てみたが グリーティングカードを書くとか ウェルカムボードを作るとか 暇な主婦の手慰みレベルの 用途でしかなかった
ケルト文様自体は 恐らく描くことそのもので 内面への影響はあるはずだが カリグラフィとの組み合わせで どんな表現を何にするかは まだまだ発展途上と思えた
自分の人生に絶対役立つ という 理屈抜きの確信が ムスコの中にはあるらしく 例えばの展開を 熱っぽく語っていた
そうして いつかアイルランドで の目的がひとつ増え 直ぐには叶わない その間でさえ 大切なのだという実感が 強まったようだった
よくこんな風に育った
これまで何度か 聞いていた言葉だが それは 複雑な編み込み模様の ケルトノットのように 人生の細部を束ねる力が 言わせるのかもしれない とふと思ったのだった
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