久々にたっぷり人波を味わってきた
浜松町へ向かう帰りの電車では 座るなりラッパーみたいな動きを始める ヘンなおやじがいて じゅんがしばしツボにはまり 乗換えで離れるのを惜しんでいた
けれどその次には 真っ赤になった鼻をタオルで押さえ 泥だらけ血しぶきの人が目の前に座り ちょうど掛かってきた携帯に 喧嘩しちゃったよー と嘆いていた
つかの間通りすがりで 我ここにありみたいな濃さ とうちょうをナメてはいけないのだ
並ぶのが嫌いなわたしも ダヴィンチ展では行列し 時間を掛けて 目の前で受胎告知を見た けれど人混みの中にいられたのは 一緒に行った友人が 大衆の中のマイナスの思念みたいなものを 引き受けてくれたせいだと思った
どこもかしこも陽に照らされ 乾いた風に吹かれて毎日をおくるうち どんどん内側が涸れてきて 手付かずの自然に満ちた たっぷりの水が恋しくなってしまった
日常のわたしにとって 陰の部分を肩代わりしてくれるのが 原始のままが残る土地なのかもしれない 濃い霧のつぶつぶが里山にのぼり そのまま雲となる いつも見ているわけではなくても そういう気配に包まれていることの尊さに 初めて思い至った
ここで沈潜して 取り出せるものがある 深夜バスを降りたとたん これから作り出すものへの期待で 胸が熱くなった むかし描いた未来の細部は違っても そういう思いは確かにあったはず だからこそここに来たのだから
|