| 2006年08月02日(水) |
BLUE(by宇多田ヒカル) |
宇多田ヒカルのBLUEという歌を聴いていて、色々と思う。 自分のこと歌ってるなあ、というのは最初の感想だ。 でもそのあとで来た。 歌詞の中身が、おそろしくよくわかるこの感じと言うか。
暗闇の中にいて。 でも希望というモノが鮮やかな音楽を奏でるということも理解できる。 そして全然なにも聞こえない。 全然涙こぼれない。ってわかる。ものすごくわかる。 もう何も感じないぜ。っていうのも。 道化師のあはれ、というのも。 砂漠の夜明け、というフレーズなんか、ものすごく好きだ。
カラカラに渇いて。 枯渇。湧きだすものなんてもはやあるのか? って思う。 そして麻痺しちゃった。 慣らされて麻痺していく。 どうでもよくなる。 仕事にしろ、誰かを好きとかいう気持ちさえ。
遅かれ早かれ光は届くのか? 届くぜ。って歌うこの人のつよさを思う。 私も届くって知ってるとは思う。思うけど闇の暗さに気が遠くなる感じも ある。 長い夜は本当に明けるのか? 明けるはずよね。って私だって思う。 でも。 いつ明けるのか? って風にも思っちゃうのだ。
幻想なんて抱かないというのは、抱く分だけ反動でツライのがわかってる からだろうか。 現実の方がもっとずっと楽しいから? だろうか。 アンタに何がわかる? って風に思うこともある。 それは別に特定の誰かに対してってことじゃあないんだが。 ほっといてよ。って思うことだってある。 そういうときもある。
そしてつくづく思うのは。 どうしてこんなにきついのに、誰かを好きになったりするんだろうって。 我ながらめちゃくちゃだけど、そんなことを強く考える。 止められなかった。あの時。 それどころか加速した。 それが良かったんだってことも、勿論思うけど。 思わず考えちゃうのだ。
それはそれでリハビリの一種? なんだろうか。
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