久し振りに(一年ぶり?)創作小説の世界です。 現実逃避か・・・と思わずに、お時間ありましたら!お付き合いください。笑 *** 【COLORS】 その日は朝から雨が降っていた。 春の雨。意外と肌寒い。細かい水の雫で世界は灰色にけむって見え、傘を さしていても肩や、スカートの裾が濡れる。
数日前から、直人が、何か落ち込んでいるなあと思っていた。 どうやったら元気でるかな? と思っていたけど、今一つ何をしてあげたら いいのかもわからないまま、私はデートにすら誘えずにいた。
私はいつも、直人からの言葉や、ちょっとしたコーヒー一杯に、とても 助けられているのに、逆のパターンになったときに何にもしてあげられないの、 悔しいなあと。そんなことを思いながら。 だんだん考えすぎてネガティブ思考にハマり、そもそも何かしてあげたい って気持ちさえ、うざったいかなとか、それって重いだけなのか、とか、 そんなことまで考えて、我ながらバカだなあって感じ。
その内考えることにも疲れた私は、やっぱり動こうと思い立ち、会社が お休みだった土曜日の午前中、いつものように“小さな家”という名前の、 そのパン屋兼喫茶店を訪れた。 それは私の日課とも言えることだった。 店長である、私と同い年の藤井くんと、住み込みお手伝いで実は私の彼氏 である直人、アルバイトのりょうちゃん。 その3人と毎日のように会って、とりとめのない会話を楽しみ、それを日々の 活力の源にして、また明日を進んで行く。 そういう風に“小さな家”をリフレッシュの場所にしている人は私だけでは ないみたいで、12〜3人しか席が無い小さな店だけれど、ここはいつも 繁盛していた。
カランと扉を開けると、めずらしくお客が誰もいなかった。そして店長も、 りょうちゃんもいなかった。直人がひとり、カウンターの中に立っていた。 ドアベルの音に顔を上げ、私を見つけて、少し笑う。 その、いつになく、なんだか寂しそうな笑顔の色に、一瞬で胸が痛んだ。 背が高くて、いつも見上げる形になる。髪が茶色くてくるくるしていて、 直人がやさしいときや調子のいいときは、天使の巻き毛か? なんて、 私はそんなことまで考える。 でも今日は、いつになく所在なさげな様子をしていて、まるで捨てられた犬 みたいだと、思った。 「おはよう」 笑顔でそう挨拶したら、落ち着いた低い声で(でもめちゃめちゃ元気なさそう な声の色で!)、 「おはよう。早いねエミコさん。今日一番乗りだよ」 と、言った。 「そう? 今日は土曜日で会社お休みだからね。早く来ちゃった」 軽く答えながら私は傘を置いて、ピンクのストールをはずして、スプリング コートを脱ぐ。 「今日は藤井くんとりょうちゃんは?」 「チーフは用事で外出。りょうちゃんはお休み」 直人やりょうちゃんは、店長のことをチーフと呼ぶ。 「そうなんだ」 頷いて私は、するりと直人の斜め前のカウンター席に座ってメニューを開き、 ジンジャーチャイをオーダーした。 かしこまりました、と直人は言って、そのまま黙ってチャイを作り出す。 カウンターに頬杖をついて窓の外を眺めると、灰色の空からはやみそうな 気配もなく水の雫がえんえんと落ちている。 まるで雨に降り込められているみたいに、この世には二人しかいないみたいな、 そんな幻想に支配される。ある意味甘くて、でも苦しい。
どうぞ、とカップを静かに置かれて、ありがとうと言って、ショウガの味が 強いそのミルクティーを一口飲んだ。外を歩いてきて、雨に濡れて、冷えて いた身体がじわじわとあたたまる。でも、と思う。 空気がつめたい感じ。距離がすごくあるような感じ。それも私の思い込みか? いつもだったら、何の気なしに、って感じで私に軽口を言って笑わせたりする 直人が、今日は黙っているので、考えた末に私は口を開いた。 私は愚かだろうか? そういう沈黙を味わうことができなくて、とも、思いながら。
「今日、雨だね」 「・・・・・・そうだね」 それきり沈黙。 それじゃあ話が続かないじゃん。と内心思いながら、私は続ける。 「直人は雨って好き?」 「イヤ、好きじゃない」 即答。しかも冷え冷えするような感じのその口調。 これは私のことを嫌いになったか、と瞬間そこまで考えてしまい、まったく 恋の病だわ! と思う。 「私のこと嫌い?」 思わず聞いた。 と、直人はびっくりして私を見て。一瞬真顔で目が合って、その次の瞬間、 ぷっと吹き出す。 「なに? 何言ってんのエミコさん」 くすくす、笑ってそう言うから。 「あ、ごめん。なんかちょっと不安になって」 曖昧に笑いながらそう言ったら、直人は笑いをおさめて、 「嫌いなわけないでしょ」 そう、言った。 でも、いつもと違って。 ちょっと弱くて。その目の力とか。 「・・・・・・なんかあった?」 少し、首をかしげて。覗き込むみたいにしてそう聞いたら、直人は、少し 息をついて。 「ごめん。心配させて。別に何があったって訳じゃないんだけどイライラして。 春先だし雨降ってるから、テンション低くなってんのかもしんない」 「季節の変わり目だから?」 「わかんないけど」 それが本当のことなのか、もしかして実際には何かツライことが起こっていて、 でもまだ話したくないのか、それはわからなかった。 それは本人にしかわからないことだったけれど。 なんだか、どうしようもなくやさしい気持ちになってしまって、私は言った。 「直人、今日、お客さん誰もいないし。 こっち出ておいでよ」 私の隣の席を指差して、そう言ってみる。 直人は少し笑って、私の隣まで素直に出てきた。 でも椅子には座らないで立ったまま、カウンターに寄りかかる。
次の瞬間、私は思わず、直人の手なんか握っている。 少しでも。 手をつないだりすることで少しでも、パワーを分けてあげられるならと。 そんなことを思って。直人も別に拒否するでもなく、されるがままになって いたから、もう半ば強引にそのままでいて。 「昨日ね」 ささやくみたいに、話しかけて。 「うん?」 直人は、言葉少なに視線だけ流して、私を促す。 「私、会社ですべって」 「ころんだ?」 「そう。フロアで。書類散乱しちゃって。最悪!」 くっくと笑いながら内心は、直人に対して、ほら、ちょっとでも笑ってよ。 って。そんなこと考えてる。 ご都合主義? それも私は人の気持ちなんかぜんぜんわかってないだろうか? そうしたら。直人は真顔で言った。 「うそ。ケガは?」 そう聞かれた瞬間、私の方が、心が真空になるような気持ちになって。 なんだろうこの人!って思う。 そういうの、真面目に心配しちゃう育ちのよさ。品のよさ。 くらっとする。 そういう一瞬一瞬で私がもらう、ハチミツみたいに甘い気持ちをわかってる? とろりとした、金色の蜜みたいな。 そんなものを、私からこの子にも、あげられたらいいのに。 切ないくらいにそう思う。 そういうの、バカみたいな願いなんだろうか?
びっくりしてしまった分だけ、少し間を置いて。 「だいじょうぶ。ないない」 手をつないでない、もう片方の手、ひらひらさせながらそう言ったら、本当に ほっとした顔をした。 そういうのが、もうたまんないって思う。 「・・・・・・直人」 「え?」 思わずかたんと立ち上がって、背伸びして。 直人の頬にキスなんかしちゃってた。 衝動的。動物みたいに。 「あ、ごめん。思わずキスしちゃった」 なんてふざけて。笑って。 そしたら直人がやっと楽しそうに、ちょっとうれしそうに、くすくすと笑った。 やった! なんて思ってる。ちょっと勝った気持ち? それも間違い? 「何やってんの」 言葉はそっけなくても。冷たくても。その声のトーンや表情なんかで、その 色合いで、大丈夫だとわかる。 そんなこともあるって知ってる。 不安でも、切ない瞬間がどんなにたくさんあっても、つらくても、それを 上回る何かが確実に存在するってことを、知っていた。
「ねえ直人、今度美術館行こうよ。駅3つ先の。なんか、常設展が結構イイ らしいよ?」 「あ、それ、実は気になってた」 「でしょう?」 そんなことを言って、くすくす笑っていたら。 「エミコさんにこれあげるよ」 カウンターの横の方に置いてある、キレイなガラスの、丸い蓋つきのビン。 その中からクッキーをいくつか取り出して、私のひろげた掌に、やさしく 乗せた。 「なに?」 「チョコクッキー。おまけ」 「・・・・・・わあ。うれしい」 ありがとうと。まっすぐに見て、伝えて。 外は雨で。 でも楽しくて。 暗い気持ちも一瞬の何かで、少しでもプラスの方向に変えられることがある かもしれないと。そんなことを思った。 毎日の時間を旅する私たちが、できることなんて限られている。 それでも、ちょっとでもしあわせな色合いに。 カラフルな日々に。 それを願うことは愚かなことかもしれない、バカみたいな甘い願いかも? しれないけれど。それでも、その積み重ねが、次に何かツライことが起こった とき、それを乗り越える光みたいな何かになるかもしれないからと。 そんな風に、思った。
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