日記

2005年03月02日(水) 夢見る頃を過ぎても(Single by氣志團)

氣志團ちゃんのニューシングル“夢見る頃を過ぎても”を購入しました。
そして今、ヘビロテ中なんですが。

最初、歌詞だけを見て、
「ああこれは好きだなあ。翔やんが描くこの流れ、この世界観みたい
なのって、どうして歌詞だけでこんなに私の胸を打つのか?」
と思っていて、その後、何日か前にネット上でPV試聴したときにも、
「いいなあ〜これは曲も好きかも。早くGIG行きたいなあ!」
と思っていたんだけれど。

改めてちゃんとフルで聴いてみて、しみじみ思ったことは。
(私これ、GIGで生で観たら泣いちゃうかもしんない。)
ってことだった。笑
まあ、実際にはわからないけど。なんだかそんな感じがした。

職業作詞家ではなくて、歌い手やバンドや音楽をやっている本人たちが
自分の中から出てくる本気の言葉で思っていることを歌うというのに、
私は本当に魅力を感じる。
なぜってそれは、その人にしか、その人たちそれぞれにしかあらわすことの
できない世界だから。
そういうのが、作り手ごとに独自の世界として見えるからだ。
勿論、プロとしての作詞家の人々を否定しているんでは全然なくて、
そういう歌い手本人が作り出してきて自分の声で歌っているモノに、個人的に
おそろしく魅力を感じるという話なのだが。

夢みたいでもバカみたいに見えたとしても信じた道をまっすぐ進んで行く
とか、そういうの。
とてもカッコいいことのように、私には思える。

そしてラスト4行に綾小路翔という人の、真剣と書いてマジと読む、本気の志
みたいなキラキラ光る何かが、あらわれている気がした。
それって、まんま“氣志團”ってことなのか?とも思うけど。

“空よ 海よ 星よ 風よ 雲よ
 父よ 母よ 友よ この大地よ
 僕は見たい この世の何もかも
 僕は見たい この惑星の全てを”

音的には翔やんの声とかちょっと加工してある?ようにも聴こえるし、
カップリングは昨年秋のツアーでやっていたやつだったりして「それって」
って思わなくもない。
もちろん、ワンピースというアニメの映画タイアップ曲だからということで
こんな歌詞になったとか、そういう部分もあるのかもしれないけど。

でも、聴いていて、なんだかすごく勇気をもらった。と思った。
不覚にもいい年して真剣に、
「あー氣志團カッコいいな! 私もがんばろうっと」
なんて思ってしまったじゃないか。笑

でも本当に。
現状をなげいてばかりいないで、前向きに笑顔で進んで行くつよさが必要だ。
そして、日々、氣志團や兄やアブラーズや、色んな人たちからちょっとずつ
でもそういうのをもらっていく私は、ある意味幸せなのかもしれないと。
そんな風にも思った。
まったく曲ひとつでそんなことまで考えちゃう私は、本当におめでたいモノ
だと思う。
でも、それでいいんだよ。って感じもするのだ。

そして個人的に「運命」を「SADAME」と読ませちゃう翔やんが好きです。笑


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dona-chan