| 2005年01月05日(水) |
ギルバート・グレイプ(映画) |
ジョニー・デップとジュリエット・ルイスという、私のかなり好きな二人が いい演技を見せている。あと、まだ子供のころのレオナルド・ディカプリオ。
見るの、3回目か4回目なんだけど。 悲しい映画だなあと。 見ながら、つくづくそんな風に思った。 昔見たときよりも、物語が心に迫って感じたのは、前に比べて私の感受性 みたいなものが豊かになったのか? 単に年を取ったから、経験値の問題か。 演じるジョニー・デップの目に、まだ若いのに哀愁みたいな、諦観みたいな 何かが見え隠れする所に、余計にそう思ってしまうのか。
ジュリエット・ルイスの、イノセントな感じがすごくイイ。 生まれたままの、むきだしの命って感じがする所、まさに無垢とか そういう感じが、この人のものすごい魅力だと思う。
田舎で、何も変わらない、時が止まったような町にずっと住んでいる ギルバート。父が自殺した後、どんどん太って動けなくなってしまった母と、 精神薄弱児の弟、姉と妹と一緒に、父が建てた古い家に住んでいる。 町の主婦と関係を持っていたりもする。 そこに、新しい風を入れるかのように、キャンピングカーに乗って登場する ジュリエット・ルイスと、そのおばあちゃん。 車の故障で、彼らはしばらくこの町に留まることになる。
そのジュリエット・ルイスたちが町に留まっていた、1週間くらいの出来事を 光の色とか木々の緑の色を背景に、人々の心模様、その切なさの色や 悲しみの色を、うまく映像であらわしているように思う。
見ながら、もう動けないほどに太ってしまったお母さんが、最後に2階にある 自分の寝室に上がり、ギルバートに笑顔で「お前は光り輝く王子様よ」と言う。 そのシーンに何かかけねの無い母親の愛情みたいなものを感じて、うるっと 来ながら。 なんだかお母さんがギルバートに、「こんな風になっちゃってごめんね」って 言ってるって感じがした。 それが、変に自分のこととリンクしちゃって、余計にうるっと来たとか、 そういうのもあったと思う。 人から見たら、浸ってるって思われるかもしれないが。(実際そう言われて ショックだったことがあるのだが。) 例えば私は、このギルバートのお母さんとは違うところだけど、 こんなんでごめんね。と心の奥で、親とかに対して思っちゃってるところも あるんだと思う。 人と関係を作れなくてごめん。とか。 誰も私のこと好きにならないでごめん。とか、そういうの。 まあ行き過ぎちゃってるかもしんないし、バカみたいな考えだと我ながら 思う。でも、これは誰か男の子(人)とお互いがお互いを好きになっちゃったり するまで(まあ今までまったく無かった訳じゃないけど長続きしてないので) 誰か一人の人とそういうのが長続きするまで、ずっと消えない気持ちなん じゃないかって、そんな風に思ったら無性に泣きたくなって、まあ私ったら どうしようもないわね!バカね〜。と、自分で自分を笑っちゃうしか手立てが ない気持ちになったりした。 まあ、タワゴトですけど。何言ってんだ。って感じだけどー。
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