時には言いたくないことでも、言わなきゃならないときもあるんじゃ ないかと思う。 私が悩んだり考えたりしてることなんて、ちっぽけなことだ。たぶん。 私が大好きだと思っている人たち、例えば兄や享氏や、翔やんなんかに 比べたら。 (そもそも比べるな!という話もあるが。それはちょっと横に置いといて。) あの人たちは、引き合いに出すのも申し訳ないってくらい、もっとずっと 大きなものと戦っている。そんな気がする。 そりゃあもう、芸能界なんて所にいるんだから当たり前かもしれないし、 それが生まれ持った運命なのか? 自分のした何かがめぐりめぐって 自分に返ってきたのか? そんなことはわからないが。
その人の心の傷の深さは、本当のところはその人にしかわからない。 私の心の傷みたいなものが(あるとすればだけど)本当の意味では 私にしかわからないのと同じだ。
結局人は生まれるときも一人だし死ぬときも一人だって氣志團ちゃんも 歌っているけど、それは本当のことだと思うし。 だけど、生きている間、いろんな人から好きって気持ちを、それこそ 愛と呼ばれるようなものをもらうから。 たぶん収支は合うんだと思う。収支とか計算とかそういう話じゃない かもしれないけど。
私が言ったことで書いたことで、誰か傷つくかもしれない。 だから言葉は本当に怖い。 でも言わずにいられないときもある。 私はやっぱり自分が一番かわいくて、人が思っているほどには、全然 優しくなんか無い人間だ。 自分の小ささを思い知ることもあるなあと。 そして人と関わることって難しいなあ。 でも結局楽しいこともたくさんあるからやめられないんだけど。なんて。 そんなことを、会社帰りの市電の中で、氣志團ちゃんの“愛と平和” なんか聴きながら、つれづれと考えてしまった。
ほんと、くだらないことは多すぎて、でも、くだらないものなんて 何もないんだ。 ランマちゃんすごいな。ものすごい真理を歌ってると思う。<愛と平和
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