| 2004年10月12日(火) |
パーク・ライフ(吉田修一) |
ふと思い立って購入し、読んでみた。 吉田修一の“パーク・ライフ”。芥川賞受賞作。である。
でも読んでみた印象は、正直、何が言いたいのかわからない。というものだった。 たまたま、今の私の精神状態が、曖昧なモノを嫌う所があるのかもしれないが。
主人公の男の子が(いや、年齢的には男の人と言える設定なんだろうけど) 無気力・倦怠、って感じでなんとなくやりきれない。 そして小説のラストを迎えても、彼の中では何も解決していない。 彼は単に傍観者で、ただ目の前で起こることを常に眺めているという感じ。 もしかしたらそれがこの話のテーマなのか?とも思うが。 はっきりしない感じに、奇妙に苛立つような気持ちになる。 単に好みの問題なんだろうか。
ただ、主人公の彼が電車の中で会い、その後日比谷公園で何度となく出会って 知り合っていく、名前もわからない“彼女”はなかなかいい感じがした。 日々、悩むこともあるのかもしれないけど、目の光が強くて、結局は自分で 運命を切り開いていく。そんな女の子を連想させる。 スタバについて彼女が語るところも面白かった。
「あの店にいると、私がどんどん集まってくるような気がするのよ」 「一種の自己嫌悪ね」 「いつの間にか、あそこのコーヒーの味が判る女になってたんだよね」
スターバックスに一人で入って、MDウォークマンなんかで好きな音楽聴きながら、 ちょっとオシャレな格好で雑誌とか文庫を読み、カフェモカとかカフェミスト、 キャラメルマキアートなんか飲んでる自分を想像してみる。 そこには似たような感じの女の子たちが確かにたくさんいる。 街を通りすぎるたくさんの人々、通りすがりの人たちに、見てもらいたいようで 実は他者をまったく必要としていないのか? ああ、なるほど。それあるかも。と、少し考えてしまった。
読んでいて、会話の感じが、作家が私と同世代であることを感じさせた。 (実際、吉田修一氏は68年生まれ、私は72年生まれなので、同世代と言えると 思う。)
でも、スティングのEnglishman in New Yorkとか、ニーナ・シモンのCDとかが 文中に登場し、それは私も好きな曲・好きな歌手なんだけど、そのアイテムが、 読んでいて、何かカッコいいものとして描かれている感じがして、ちょっと 使い方が好きじゃないなあと思った。
あと、“美穂の旅”!(あるHPで、自分の分身を日本とか世界各国に旅させる というやつ。数年前に流行った記憶がある。)そこにも同世代だ・・・。と思う。
そして、その“美穂の旅”が小説のラストにスパイスみたいに使われる訳だね。 ・・・と書いてくると、自分で書きながら、私何様だ?という気もしてくるが。 なんとなく、伏線として使ってあるだろうものが、後半登場したときに、ああ ここで使うためにあそこで出したんだな。とかありありと読めてしまう感じが して、ちょっと嫌だなあと思ってしまった。 まあ、それこそ好みの問題なのか? それでも、この小説が芥川賞を受賞したということには変わりない。
この“彼”は好きじゃないけれど、“彼女”を見たいために、もう一回読み返す のもいいかなあ。と。そんな風にも思った。 それはそれで、小説としての魅力かもしれない。と思う。
あと、まったく個人的に、作中に「日比谷公園は100周年」というのが出て きて、「100年PARKじゃん」なーんて思ってちょっと幸せな気持ちになって しまった私は・・・まったくフミヤに毒されているなあとも思う。笑 (参考までに“100年PARK”とは、今回の藤井フミヤのアルバム『POP★STAR』 の4曲目に入っている曲を指します。なかなかの名曲で好きなんです。)
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