日記

2002年02月08日(金) キズノナイセカイヲ(byたなかひろあき)

“キズノナイセカイヲ”。
たなかひろあきくんの曲の中で、私が一番好きな歌。である。

今日、この曲を久し振りに聴いてて、なんか自分を取り戻したわ!笑
いやでも本当に、朝から、かなりそんな感じがした。なぜだか。

2000年の12月。
私はこの曲に、すごーく助けられていた。
折しも兄ライブは、チェッカーズ曲満載というウワサの『OVER』ツアー
直前だったというのに、兄曲・チェ曲はほとんど聴かず、毎日のように
ひろあきくんのデビュー・ミニアルバムである『Moment』、とくに
この“キズノナイセカイヲ”という曲を、くりかえして聴いていたように
思う。

とくに朝、駅でJR待ちしてるときに。
ちょうど時間的に、駅に着いた頃にこの曲にさしかかるタイミングだった。
毎朝のように。
まだひろあきくん本人に会う前も。
会った後も。
(ちなみに私が初めて彼の実物に会ったのは、2000年12月3日の
ことだったが。)

だから今もこの曲を聴くと、真冬の冷たい空気とか、自分の吐く息が
白かったり、のぼってくる太陽の白い光だとか、青く青く見えた空の色とか、
見下ろした自分の手とか足元とか、断片的にそういうのを思い出しちゃって、
なんというか、かなり切ない。
それは、なによりその頃の私が、元気さを装いながらも仕事的にか〜なり
行き詰まっていたというのが、いちばんあったんだろうと思うんだけど。
そんな風に、切なく思い出しちゃう原因として。

なんだか。
最初に聴いた時から、曲も、なんだか私の心にするっと入ってきた感じ
だったんだけど。曲の良さもさることながら。
歌詞の中身が、ものすごくいい。って思う。いつもいつも。

どこか間違ってて何にも変わらない そんな平和な暮らしが続いてく、とか。
ああ、ひろあきくん、わかるー!って。笑
私も同じこと思ってたし思ってるよ今!って。笑
そんな風に思っちゃうのだ。

のぼっては沈む太陽の下、僕らは目覚めをくりかえす、とか。
開いては閉じる口から聞こえてくる嘘と本音のリレートーク。とか。
理想と現実の海に 僕らは生きがいを求める、とか。
咲いては散る花から きこえてくる与えられた水の大事さ、とか。
今を信じて未来など気にせず そんな自由に憧れを抱き。とか。
そして、壊れそうな希望を抱えてこの星は少しずつ老いてく。って。

その歌詞の世界のすべて。そのすべてが、何かとても切ない、でも真実。
って気がすごくする。聴いた後で、心に残って消えない何か。
でもそれはもしかしたら、サラリーマンとかやったことのある人だったら
ちらっとわかることなんじゃないかな?って気もする。

ひろあきくんが、これを書いたのは23か24の時?
同じ頃にI love you,SAYONARAなんていうすごい歌詞を書いた藤井兄とは
また別のところで。
なんか、凄いとかいう言葉ではうまくあらわせない。でもものすごくよく
わかる。って言うか、わかる!って思うんだけど、24とかでこんな歌詞
書いてしまうひろあきくんという人のことがちょっと心配。というか。笑
そんな感じがするんだよね。
それはもう、親心の域?笑

だって、すごく今にとらわれてる部分と。
そうじゃなくて、未来に向かって生きなきゃ!っていう部分と。
その両方が混在してる感じがする。
大丈夫かな? でも大丈夫だよ!って。言ってあげたくなったりする。笑
大丈夫だよひろあきくん。だって一人じゃないよ絶対!って。笑
根拠もなく、でもかなり真剣にそんなことを言ってあげたくなったりする
のだった。笑

そして。
そして、私自身の、心のいちばん弱い部分が、ひろあきくんの歌に反応する
って気がする。いつも。
それがいいことなのか悪いことなのかはわかんないけど。

そして、遠くにいる私も、近くにいるファンの人々も、その皆の存在が
ひろあきくんにとってのパワーみたいなものになったらいいなあって。
そんな風に思ったりもするのだった。

まあ、余計なお世話なんだけどね!笑 なんだか思わず、そう思っちゃう
んだよね。笑


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