| 2003年12月07日(日) |
なにが大事なのかをまず考える |
国であっても個人であっても、犠牲にすることと守ることと、そのバランスを 考えて物事を決める、行動することが大事でしょう。
サンデープロジェクトを始め各局でイラク派遣の是非について議論されています。 情勢で派遣すべきとするならばそれは太平洋戦争の開戦と同じことになります。 (御前会議では誰も積極的に参戦に賛成した人はいなかったのですが、情勢が 参戦を求めているとして結果的に参戦することになった。)
国際協調とか日米同盟とか言いますが、確かにそれは大事なことではありますが、 日本の国益としてイラクの安定がどのような意味を持っているのかをきちんと 国民にアメリカに国連に説明することが小泉政府には求められていると思います。 国民(自衛隊)を犠牲にする(可能性がある)ことがその国益を守るために必要 であることを説明する必要があります。精神論での議論であれば自衛隊の派遣は まずありえません。守るものと犠牲にするものとを比較して、それでも守るものの 方が国益に叶っていると政府が判断すれば(上記の説明の後に)、犠牲を払って でも自衛隊を派遣することになります。そのために障害となるもの(例えば憲法) があるのなら、それらの段階を踏まえた上で憲法改正となるでしょう。
ちなみに憲法は国家に対する命令ですから、そうやすやすと改正されるものでは ありません。してもらっては困ります。日本が国家であるための基本形ですから。 ただ、憲法9条の解釈は学者間でも意見が分かれるところで、それは第2項の 出だしの言葉に原因があると思います。
日本国憲法・第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる 戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、 永久にこれを放棄する。 2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 国の交戦権は、これを認めない。
ここにある通り「前項の目的を達するため」という言葉があるので自衛隊は正当化 されています。その自衛隊は海外に派遣されることを認めないわけではないが、 武力を持つことを許していません。つまり、武力を保持しない自衛隊が海外へ 派遣されることは、戦争に加担しない限りは許されることになります。これを 現実に照らしてみると、イラクにおいて武力における紛争が起きているとしても、 その紛争解決が目的でなければ丸腰でなくとも派遣できると解釈できます。
問題はこの解釈が国民の総意とみなすかどうか。 それから自衛隊の派遣が国益のために必要であると国民を納得させられるか。
今回のイラクへの自衛隊派遣は、憲法第9条を考える上でいいモデルになると 思います。ベトナム戦争や湾岸戦争で国家の命令として当地まで派遣できなかった ことを踏まえ、今回はそれを超える行動をしようとしています。湾岸戦争の時の ように、”後方支援”なんていう言葉はひとことも出てきません。今回は戦争後の イラク安定化への支援ですから、当地で何をやるかが議論になっています。
ですから、自衛隊の海外派遣の是非、そしてイラクで起きていることが日本の国益 にどのような影響を及ぼしているいるのか、それを排除するために日本としては 何をすべきか。国益を守るために法整備が整っていないのならそれに手を入れる。 例えば憲法9条に記載されている文章では曖昧であるのなら、それを明確にする。 それらをすっ飛ばして行動が先走りしているからたとえやることが正しいとしても 抵抗が出るのも当然です。小泉首相が言う「備えあって憂いなし」とはそういう ことではないのでしょうか。現実を鑑みて足元を固めておくということではないか。
いずれにしても「情勢が必要としているから」なんていう理由は理由にならない。 国権の発動ですから、国際協調の前にまず国益を考えること。それが国際協調、 それから日米同盟を鑑みて同じ方向性であるならば国権の発動もあるでしょう。
大義と言われるものが国益に叶うのならば、それをきちんと説明して欲しい。 国益に叶わない大義であるなら、自衛隊のイラク派遣は行なうべきでない。
日本の独自性とは、日本の国益を明確にさせることだと思います。 発言としては不充分ではありますが、今日はこのへんで。
はい。今日は晴れ。(東京地方)
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