皮の裏側
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誰かに対して「誓いの言葉」を述べる。
というとまず思い浮かべるのは
各種競技の『スポーツでの開会式』か『結婚式』だ。
昔なら「我々はスポーツマンシップに乗っ取り正々堂々と戦うことを誓います。・・・」というアレだ。
(今は男女だから言葉は違うと思うけど)
だが、考えてみるとすごく変。
わざわざ開会式で誓わないと「正々堂々」とかつ「ルールを守って」戦えないのか?
そんなのスポーツでは当たり前のような気がする。
逆説的にいうと「誓いの言葉」を述べなければならないほど実は裏では脚を引っ張り合ったり
だましあったり、時には脅したり、あるときは威嚇したりしてます。
そして審判の目に見えないところでは結構ルール違反やってます。
というのと同じだと思う。
そして、「誓いの言葉」の述べるスポーツと、述べないスポーツは偏り(かたより)があると思う。
誓いの言葉有り:オリンピック、野球、陸上・・(サッカー、水泳もこっちかな。)
誓いの言葉無し:ボクシング、柔道、剣道・相撲・・プロレス
『日本古来の競技には「誓いの言葉」を述べるという習慣はない。』
かたや『海外から伝わってきたものには「誓いの言葉」がありそうだ。』と分類できる。
極端な言い方をすれば「何でも神に誓うキリスト教徒」と「そういった習慣のない仏教徒」という構図なのかもしれない。
まあ、一言では言えないけれどね。
しかし、教会で神の前で結婚する時にいくら「誓いの言葉」を述べても離婚が減らないのと同様に
「誓いの言葉」を述べるスポーツでもルール違反は減らないんじゃないかと思う。
まあ、なんていうか「一つのお約束」っていうのは実はもう言ってるそばから嘘臭いものなのかもしれない。
それとも別の意味があって、開会式で「誓いの言葉」を言っているのだろうか?
俺は儀式の時だけ誓うよりも日頃からこつこつとやっていくことの方が重要だと思うな。
パフォーマンスとしては「誓いの言葉」「選手宣誓」はあった方がいいと思うけれど。
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