弱Sonファイブ
今日はいつもより 早起きした。 矢井田瞳の 「アンダンテ」を聞きながら 支度に取りかかる。 早起きをすると テンションがいつもの 1.2倍くらい 上昇するような気がする。 電車に乗り込むと 目の前に男がいた。 つり革を持つために 大きく上に伸ばした左手には カジュアルなタイプの オメガの時計。 続いてloftに売ってるような 行儀のいいシルバーチェーンが 巻かれてある。 ツラは 高校のころ野球部にいて ショートを守っており、 力いっぱい練習して インターハイを目指し、 初戦敗退で 実力世界の厳しさを知ったという感じ。 その男の鼻から 透明な鼻水がたれてきた。 男は急いで ポケットティッシュを出す。 それとまったく同じタイミングで 横の女が カバンからポケットティッシュを 出しているのを見た。 男は鼻をかむために ティッシュを持ちながら 黒い皮の手袋を 片手ずつ脱ごうとする。 女はすぐさま ポケットティッシュをカバンにしまい、 黒い皮の手袋を 片方ずつ男の手から引ったくり、 ひとつにまとめて カバンにしまう。 男は鼻をかみ終わった後 笑いながら女の目を見つめて 彼女の頭を少しなでる。 そのとき彼女の目は すごく黒目がちであることに気づいた。 彼女の目は 男の視線とつながると 特に黒目がちになる。 なぜならば それは彼女がその度に 満面の笑みを浮かべるからだ。 そのとき彼女のアゴは 少しシャクレぎみであることに気づいた。 男の鼻から また鼻水がたれてきた。 男はまたティッシュを出してきて 鼻をかんだ。 鼻をかむ呼吸に合わせて 彼女も鼻をかむマネをしていた。 電車が少し揺れる区間に入った。 それまでポールを握っていた 彼女の右腕は 男の左腰へと移動した。 ふたりの距離が縮まった。 それは振動のせいなのか 彼女の小柄な体のせいなのかは わからない。 あの間合いは キスの間合いだ。 女の笑顔が 男の顔に移った。 いや、 笑顔が女から男へと 移ったという表現は おかしいのかもしれない。 幸せがふたりの間を 駆けめぐったというべきか。 ふたりはその間合いで おしゃべりをした。 その音量は 決して、 決して、 大きいものではなかった。 しかし唇の動きで お互いの間を 水が流れるように 言葉がさらさらと 流れているのはまちがいない。 その水の流れは ふたりを間のみに 流れるものであって、 ふたりに当たっているフォーカスを 全体にずらすと その流れは 小さな小さなものであるが、 それは確かに流れていた。 ... そしてふたりは 途中の駅で降りていった。 しばらくしておいらは ポケットからティッシュを取り出し 鼻をかんでみた。 青っパナがズルズル出た。 |