ヒカゲメッキ by 浅海凪

 久しぶりにネタ

 記憶は、業火に呑まれはしなかった。
 呼吸が止まるかと思うほどに美しかったあの日の炎。崩れ落ちなんとする壁をかわし、祖父を救うためだけに命をかけて駆け去っていった父の背中。
 うつろな偽りに満ちていた家とともに、置き去りにされた己のつま先。母がこだわった質のいい上靴が、煙の向こうにかすんで消えた。

「おまえなど、私の子ではない」

 ぬすっとだと、母は嘲った。その、声。意図するまでもなく染め上げられた、強く深く恐ろしいにくしみ。
 その理由がこの髪の色にあるのだということには、ずっと気付いていた。
 だから、母が美しい顔に狂気まじりの冷笑を浮かべて、あちこちに火をつけた松明を投げ捨て、渦巻く煙と炎を背負って首に両手を絡ませたときも、ただ得心がいっただけだった。

 この髪さえなければと、思うことすらなかった。

 燃え落ちる屋敷から連れ出され、知る人もないこの地へと売られ、あの日から数年を経てなお、記憶だけが鮮明に心に刻まれている。

 おそれもかなしみも愛情も、すべて業火に焼かれて灰となった。

2006年12月22日(金)
初日 最新 目次 MAIL HOME