Kamenashi Kazuya + α...
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2002年05月30日(木)
 *賛否両論あるだろう。

恐怖を感じてしまっているNAOに私がしてあげられることなんて無い。
ただ切なくて、虚しくて途方に暮れるだけ。

今までNAOにとってライブというファンを間近で感じる時間が、何か得られるものであったら嬉しいと思ってた。
一体感や、ファンという存在を知ることが楽しいことだったり、嬉しいことだといいなと思ってた。
でも、間近に見える人達に”さらけ出している”という気持ちを持っていて、NAOから見たファンの目というのは恐怖なんだということがわかった。

第一のギャップ。
私というファンは、”さらけ出している”という感じより、近くに感じるのに遠い・・・
NAOが思ってるより、きっと、ずっとNAOを知らないと思ってる。
だけど、NAOがさらけ出していると思ってくれるのは嬉しい。
素のNAOを見せてくれているってことだから。
そのへん、ファンとしては心の葛藤がある。
それが恐怖なら。


アルバムを買ってっていうか聴いていない人が多いのは私としてもショックなことだ。
私にしてみたら、アルバムを聴いたり、シングルでもNAOが発信する音楽を聴くのはとても当たり前のことだから。
だけど、いろんなカタチでNAOを知って会いたいと思ってライブに足を運ぶ人が居るわけだから、人それぞれの意味合いがあるんだろうし、結果的に曲を聴くきっかけになる場合だってあるだろうから、良いとか悪いとかいうことではないよね。
ただ、アルバムを引っ提げてのツアーでしょ。
聴いてくれてないと伝わらない部分もあるし、コミュニケーションを取りづらいと思う。
ファンとしては、聴いてから行くのは礼儀だと思う。
だけど、ホントにきっかけになるなら、例外もあっていいと思うし、それでまたライブに行きたいと思えば聴く人もいるかもしれない。
悔しいと思うのは、NAOの目に楽しんでいない人が居ると思わせたこと。
何かのきっかけになると思わせられなかったこと。

第二のギャップは、ファンがNAOに感じさせてしまったことと、NAOがファンに求めることの違い。
本当なら、求める求めない以前に、同じ気持ちになって、一緒に楽しむのが理想的なライブでしょ。
それが、どちらも一歩通行になってるとNAOはきっと感じているんだよね。
曲を聴いたことがなくても、アルバムを持っていなくても楽しめばいいじゃない。
ファンというには興味の方が大きくて参加した人だってさ、NAOが大好きなみんなと顔並べて会場に居るんだから、会場に呑まれろよ。
たとえ、求めているものが違っても、私はNAOに呑まれたい。


音楽をやることを求めていないと思ってしまったNAO。
アルバムを聴いていない人がいたということがショックだったのは、その通りの意味以上に、ショックを超える喜びを得られなかったからじゃないだろうか。
アルバムに対するショックな気持ちというのは、NAOが感じたギャップが置き換えられたものなのかもしれない。
ライブの会場が大きくなれば、来る人の数も必然的に増える。
増えた分だけいろんな人が居る。
いろんな見方をする目がある。
それが、NAOの中で割り切れない気持ちだったり、どう受け止めたらいいのか、何をどう伝えたらいいのか混乱してしまっているのかな。
NAOが言う、受け入れてくれない人に対する気持ちとか。

これはギャップというか、私が感じたこと。
受け入れてくれないなんて思わなくていい。
受け入れない人がいるのは、その人が受け入れないから。
去る人は必ず居る。
だけど、それ以上にNAOにドキドキして、たくさんの気持ちを生み出して、NAOに出会えたことに感謝して、いっぱいの幸せな気持ち抱えて帰っていった人が大勢居るんだってことを信じてほしい。
NAOがギターを弾いてる姿は本当にキラキラしてるから、もっともっと”ギターキッズ”なNAOを見たいと思う。
ギタープレイに見惚れて、ギターを掻き鳴らす姿から目が離せなくて、歌うのを忘れたことだってあるよ。
ギタープレイ、ちゃんと聴いてる人はたくさん居ると思う。

NAOらしさを失わないで。
お願いだから。
私が見てきたNAOが本当の姿じゃなかったとしても、全てを見てきたわけじゃないとしても、本当の素の部分のNAO(=NAOらしさ)があってこその姿だもの。
今まで見てきたNAO.今のNAOが大好きだから、一番大事なNAOらしさを失わないでいてほしい。





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an.anの表紙!!!
本題に入る前に、ビジュアルで盛り上ってみよー☆
散髪@NAOですねぇ。
本屋で見つけた時にね、「おや?何か違うぞぃ」って思ってさー、何が違うって言ったって、どんなNAOも大好きだからさ(笑)よくわかんなくって。
帰って来て改めて見たら、[髪がっ!!!]ってな感じでしたね。
パーマ@NAOは、わりと顔が隠れ気味だったでしょ。
メイクのせいもあるのかもしれないけど、表紙@NAOには懐かしげに目の下の両ホクロが目立ってて(っていうほどでもないけど)やっぱり短髪いいわねぇ...なんて思ったりして。
つーか、ヘアスタイル替えるたびに新鮮なんだけどね。ふふふっ。
パーマ残りつつも、かかってた部分をカットしたって感じでしょかね。
素敵でごじゃります。
中の写真ね、何か左の洋服が変じゃないっすか?(爆)
ぁ...気に入ってたらどうしよう゛��( ̄◇ ̄o)

さて、本題に入ろうかぁ〜。
お題は恋愛話しっす。
NAOの恋愛話しって何回か見たことあるけど、今回ほどホンワカとあったかく感じたことなかったなぁ。
「彼女のことを愛していても...」ってね、”愛”って言葉を恋愛観の中に使えるのって凄い。
心と心で繋がって深く愛する恋愛をする人なんだろうなって勝手な想像が膨らむ膨らむ。
忙しくても、ちゃんと彼女のことを考えてたり。
何かしてあげるとかより、思い出してくれるのって嬉しい。
キレイな物を見たとき、見せてあげたいと思ってもらえたら嬉しい。
会えなくても心で繋がっているのが”絆”だよね。
大切な人だと感じられる人。
日常の中で、分かり合って大切にし合える関係って素敵。
これはね、ぜひ読んだ感想を聞かせてほしいですね。

「マンネリよね」って言われて、その通りだと思っちゃうのかぁ(笑)
何気なく言うのって、ある意味、メリハリができていいのかも。
それも、尊重し合う気持ちの表れかもね。
何か要求しているのとは違うものね。

NAOがね、今、恋愛しているのかしていないのか、それはね、考えると正直ツライ。
だけど、わかって欲しいと思う相手がいてほしいとも思うのも正直な気持ちかな。
現実逃避してます?(笑)
奥歯にもの挟まったような言い回しだよね。
言いますか?
現実として、彼女という存在は居るのだろう...と。
ファンとしては目を反らしたくもなるけどねぇ。
忘れたい現実ってトコでしょうかね。

私もガキよね。。。。と思ったりもするけど、恋愛してほしくないとは流石に言えないよなー。
an.an読んであったか〜い気持ち感じたのはホントだよ。




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*繭玉日記〜Real Face〜 / 繭玉

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