活動日記...maggie

 

 

古代ローマ展 - 2004年03月14日(日)

学年末の試験も終わって、試験休みとかありつつうだうだすごしてた妹。
学校はその期間遊ばないようにと自由研究の課題を出してました。うふ。
が、何にもしてなくて、ヤバイことが発覚。
美術館とかを見てレポートを書くことにしていたらしいが、
肝心の美術館鑑賞も未だって!!
急遽いくことに。
でも父も母も最近体調崩していけないので、私にお鉢が回ってきた。
すでに時間は12時半。閉館時間は5時。場所は上野。
えー!!私は準備に時間かかるのよー?とかいいつつ、しょうがないのでマッハで仕度。

美術館の内容は、華やかで理想化されたヘレニズム文化と質実剛健で写実的な古代ローマとが融合していって、その二つの間を時代や目的に応じて行ったり来たりして、最終的にはキリスト教の台頭によってひたすら抽象化簡素化されていくというのを肖像彫刻で追っていくというものでした。

入り口で経路図を見るとなんとも単純。
どうやらそんなに作品数は多くないみたい。
やっぱりがんばって今日来てよかったかもね。

最初の部屋では、まぁ、序章というか導入というか、
骨箱などに彫刻がされ始めて、単なる塑像が肖像が増えていくって感じ。

2番目の部屋に入ると、時代はカエサルによって共和制が崩れて帝政期に入った頃。
共和制末期の写実性から帝政期を迎えてギリシャ的な理想像が流行になる。
それとそれまで特権的な人たちにのみ許されていた肖像制作が庶民にも広まって。
そんな中でも、生きていたとき何をしたかに大きなこだわりを持つローマ人は石棺や墓碑に単なる肖像だけじゃなくて仕事姿などを素朴な表現ながらも彫っていて、人々の誇りが垣間見える。

3番目の部屋は帝政期も進み、人々が着飾るということに力を入れ始めたころ。
それまで男性ばかりだった肖像に高貴な女性のものが登場するようになってくる。
裕福な貴族は装飾に凝りはじめて、とくに髪型が派手に。。
はじめは伝統的な結い髪だったのが、トラヤヌス帝のころには大型の支柱の入れ込んだ鬘を使うようになったり。と、同時に女性の化粧道具も発達して、鏡(ほんとにうつったのかな?)・ピン(結構かわいい)・櫛・へら・ピンセット(無駄毛処理をするためだけの奴隷もいたそうな!!)・香油の瓶などなど。なかなか沢山心躍る一角もあったり。

4番目の部屋は墓室に収められた肖像や石棺にあったもの。
どれも理想化の傾向が強い。
美の女神アフロディーテに見立てられたもの。女王オンパレに見立てられたもの。アドニス神に見立てられたもの。などなど。
みんな自分の奥さんや夫を神に見立てるくらいラブラブだったのかなぁと思ってみたり。でも、ヘラクレスを奴隷にして糸紡ぎをさせて、そのヘラクレスのトレードマークであるライオンの毛皮を羽織ったオンパレに見立てられた妻とその夫って、どんな夫婦だったのか密かに気になります。

5番目の部屋はなんだか見慣れたものがちらほらと。皇帝たちの部屋。
教科書でおなじみのカエサル・アウグストゥスに始まり、トラヤヌス・カラカラ、素材と装いで皇帝だろうされても誰だかわからない肖像まで。
眉間や目尻のしわや、口元のくぼみなんかを写実的に描く一方で、威厳を感じさせる目線や、周りを寄せ付けない猜疑心をあらわにした雰囲気などなど、存命中の神格化を認めてはいなかったものの東方の専制君主の肖像形式に倣うことでひそかに理想化・神格化されてることがわかる。

6番目の部屋。古代肖像の終焉。
キリスト教の広まりによって、ローマ的現世へのこだわりからキリスト教的来世への希望へと価値観が大きく変わる。
その結果現世での自己存在の誇示よりも祈りの姿・心の姿へと変貌し、写実的だった肖像は簡素で抽象的な表現になっていく。石棺に描かれた絵はまるで小学校低学年のお絵かきの様でもある。
結局それまでの共和制時代の質実剛健な伝統もヘレニズム的人間の神格化の概念も消え去って、肖像の歴史そのものが終わってしまって、文化の中心もローマからビザンツ帝国へと移った。と。

作品数・展示空間のサイズと内容を比べるとすごい駆け足で見た感じ。
でもま、あれが限度かなぁ。
ルーブルとか飽きるもんね。

妹は地獄の門と美術館のまえで写真を撮って、見学終了。
帰りに乗り換えの渋谷でお茶しによって、帰宅。
あぁ、疲れた。


...



 

 

 

 

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