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2019年09月06日(金)
今日、コンビニで懐かしい歌が流れていた。 しかし、その曲のタイトルと誰が歌っていたかが思い出せなかった。 竹内まりや40周年記念アルバム発売の宣伝だったので ネットでアルバム収録曲一覧を見てすぐに思い出した。 その曲は岡田有希子に提供された「ファースト・デイト」 そういえば岡田有希子の最初の頃の曲って竹内まりやの曲が多かった。
岡田有希子は昭和59年にデビューし、昭和61年に自殺。 わずか2年ほどしかアイドルとして活動していなかったが いまもなお伝説として人々の胸に残っているアイドルだ。 当時、自分は同じ年にデビューした菊池桃子派だったので 岡田有希子にはほとんど興味がなかった。 しかし改めてYou Tubeで当時の岡田有希子の歌を聴くと 質の高いアイドルだと実感する。 難しい竹内まりやの楽曲を自分のものにしている。 特に「ファースト・デイト」聴けば聴くほど良い曲だ。 岡田有希子の切なさ、儚さとものすごくマッチしている。
竹内まりやは35年間、この曲を1度も歌わず封印してきた。 しかし昨年の4月、弔い上げとなる33回忌(没後32周年)には 墓のある地元愛知県の成満寺や自殺した四谷の現場にも 全国からファンが集まり献花と黙祷が行われ、 未だに忘れられず慕われていることに感銘し封印を解いたという。
岡田有希子の自殺は衝撃的だった。 今では絶対に考えられないことであるが、写真週刊誌「FOCUS」には 飛び降りた直後の生々しい遺体写真が掲載された。 それを目にしてショックを受けた若者の後追い自殺も社会問題となった。 後に「ユッコ・シンドローム」とも呼ばれ、あまりにも多い若者の自殺は 国会でも取り上げられ衆議院文教委員会と参議院特別委員会で 「青少年問題」として議題となり最善策を本格的に審議することになったが、 岡田有希子が自殺した昭和61年の日本国内における若者の自殺は800件を越えていた。
昭和42年生まれなので生きていれば今年で52歳。 しかし永遠に亡くなった当時の18歳。 岡田有希子のデビュー時のキャッチフレーズは 「いつまでも、一緒にいてね。」 なんか今考えると意味深な感じだ…。 とりあえずAmazonで岡田有希子のベストアルバム 「ゴールデン☆アイドル 岡田有希子」を買ってみようかな。 2年間の活動で8枚のレコードしか出していないが 8枚すべてのAB面が収録されているようだ。 「ファースト・デイト」だけでなく、松田聖子作詞、坂本龍一作曲で オリコン初登場1位ながら最後のシングルとなった 「くちびるNetwork」も聴いてみたいし。
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