Web Masterの日記



昭和時代のマナーと日常

2015年11月26日(木)

今では考えられない!?かなりフリーダムだった
「昭和時代のマナーと日常」がネットにまとめてあった。
懐かしい記憶が甦ったので少しばかり昔を思い出して書いてみたい。

■ほぼどこでもタバコが吸えた
まずは喫煙事情について。
公共マナーについて取り上げると現在と大きく変わったものといえば
やはりタバコのマナーではないかな。
屋内の多くの場所や路上までも禁煙となっている現在とは
比べようがないぐらいフリーダムに、ほとんどの場所で
タバコが吸えた時代があった。
地下鉄の構内とかホームでも喫煙可だったし、タクシーや飛行機の中でも吸えた。
映画館や野球場での喫煙は当然だったし、大学の学生ホールなんか
タバコの煙で霞んでいたっけ。
授業中以外なら教室でも吸えたりもした。
ディズニーランドなんて、どこでも吸えて、ポイ捨て全面OKだった。
しかし1988年から地下鉄の「終日全面禁煙」が実現してから
1990年代に入って嫌煙運動が勝利し、徐々に吸える場所が減っていって
今ではほんと肩身の狭いものになってしまった。

■子供でもお酒やタバコが平気で買えた
昭和育ちの中には親に頼まれタバコやビールなどの酒類を
買いに行ったと人も多いんじゃないかな。
子供でも1人で近所のタバコ屋さんに買いに行き普通に売ってもらえた。
今では自販機もタスポが必要だし、コンビニでも年齢認証が当然だ。

■高校生でも平気で居酒屋で飲酒ができた
現在では未成年と思われる客が居酒屋(酒類をメインに提供する店)に
入る際には、身分証などの提示を求められる。
少なくとも1990年代前半頃までは成人しているようには見えなくても
平気で年齢確認なしで酒類を提供する店がゴロゴロあった。
自分も高校時代、文化祭の打ち上げとか、みんなで居酒屋でやっていた。
当時の写真を見ると、高校生なのにみんな普通に酔っぱらっていた。
あと吉祥寺にあったパブにもよく通っていたな。
今じゃ大学生でも未成年だと酒類は提供してはいけない。
もしバレたら店も処罰されるからね。

■バイクはノーヘルでOKだった
現在では原付きバイクでもヘルメット着用が義務づけられているが
エンジンの排気量や道路の制限時速にかかわらず
全国で着用が義務づけられたのは昭和もかなり終わりに近い1986年(昭和61年)。
原付以外の普通のバイクは1975年(昭和50年)からヘルメット着用が
義務となったが原動機付自転車である原付バイクは1986年から。
なので自分が高校時代に原付バイクの免許を取った時、
もちろんノーヘルで大丈夫だった。
赤いパッソーラに乗っていたが1986年のヘルメット義務化と同時に売ってしまった。
なので生まれて今までヘルメットと言うものを被って運転したことがない。

■お菓子の箱はフィルム包装されていなかった
現在では密封されていないお菓子の箱には、プラスチックフィルムで
包装がされているけど、1984年(昭和59年)頃までは
このフィルム包装はされず、言わば剥き出し状態の物が多かった。
しかし、1984年(昭和59年)から翌年にかけて発生した
かい人21面相によるグリコ森永事件以降、
各お菓子メーカーは自衛のためにフィルム包装をするようになった。

■ゴールデンタイムでも女性の裸がちょくちょくテレビに映っていた
振り返れば昭和時代のテレビには女性のバストが登場する場面って沢山あった。
現在でも深夜時間帯のドラマで稀に登場するものもあるようだが、
当時は子供の視聴も多いゴールデンタイム(19〜22時)でもバンバン出てた。
ホームドラマの「時間ですよ」とかバラエティの「バカ殿」とか、
芸能人水泳大会のポロリはお約束だった。
あと深夜になればそれこそ無法状態。
土曜深夜なんて女性の裸のない番組はなかったね。
御丁寧に画面にカウントが出る「ティッシュタイム」なんか
今のテレビじゃ絶対に考えられないことだ。

懐古厨と言われそうだが、やっぱ昭和って自由で良かったね。
人々にも時代にも独特なパワーがあった。
でも、また逆戻りしたいかと言えば考えてしまうが、
そんな昭和を知っていると今の平成しか知らない世代って
可哀想に思えてしまうのは確かなことだ。

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