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2012年03月11日(日)
今日は3月11日、未曾有の大災害となった東日本大震災から1年が経った。 昨年の3月11日、地震が発生した14時46分は銀座の店にいた。 仕込みも終わり、特に何もせずにボーっとしていたと思う。 その時に襲った大地震。 揺れは長かったが、地下ということもあり、そんなに大きな地震とは思わなかった。 店の備品(皿やコップなど)には何も被害はなかったし。 だが、東京でも震度5強を記録し、交通網も寸断され帰宅難民に。 早々に店を締めて何とか歩いて帰宅したが、 マンションのエレベーターは当然、止まっていた。 初めて階段で14階まで登り、やっと着いたと家の中に入ってから 大きな地震だったんだと改めて実感した。 キッチンは様々なモノが落下してメチャクチャ、寝室の本棚は傾き、 リビングのコンポを置いてあるスチール棚も不思議な回転をしていた。 いったい、14階の我が家は、どんな揺れをしたのか理解できないほど。 結局、被害はスライド扉の食器棚から落ちて割れたワイングラス数個だったが、 深夜遅くまで片づけに時間がかかった。
我が家の被害は微々たるものだったが、この巨大地震によってもたらした代償は 自分の想像を遥かに超えるものがあった。 東北・関東地方の太平洋沿岸では大津波が街を飲み込み、埋立地では液状化現象。 我が家の辺りも埋立地ではあるが、液状化の被害がなかったのは幸いである。 福島県の原子力発電所でも後にレベル7と発表される事故。 帰宅後に見たTVのニュースで街そのものがなくなっている映像 (陸前高田市や南三陸町)を見たときはショックだった。
震災後、自分も何か力になれる事はないか考えたが、 自分の無力さに思い知らされた。 大津波によって家を流された人々、福島原発事故によって 緊急避難を余儀なくされ、いまだ帰宅の目途さえ立たない人々…。 復興に向けて動こうにも、瓦礫の処理が進まず、原発事故の収束に至っては 何年いや何十年も先になりそうだ。 そんな非常事態が続いている最中にも関わらず、この国の政治家連中は、 自分達の事ばかり考えていて、被災地や被災者の事などお構いなしに見えてしまう。 肝心な政治家がこれだから、世界中から舐められてしまうわけだよ。
今月になってからTVや新聞では震災関連の報道が目につく。 今日もTVは1日中、震災から1年の特別番組ばかり。 同じVTRばかり見ているような感覚にもなるが、あの日に起きた出来事を 今後に残す意味でも、映像や写真は残すべきだろう。 ツライ出来事だったが、これから生まれてくる子供達にも語り継いでいく必要がある。 今まで日本は戦争や自然災害で多くの被害を受けてきた。 しかし、その都度、立ち上がってきたのは紛れもない事実だ。 みんなで協力して、日本の底力を今こそ見せる時だろう。
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