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2010年07月04日(日)
昨日、北海道の優駿SSで余生を送っていたオグリキャップ(牡25歳)が、 脚を複雑骨折して死亡した。 あのオグリキャップが逝ってしまった。 ちょうど自分が競馬をよくやっていた頃の代表馬で 社会現象にもなった超人気馬。 そして競馬から足を洗うきっかけとなったのもオグリが引退したからだ。 あの当時のオグリキャップ人気ってのは本当に凄くて、 パドックに若い女の子がキャーキャー言いながら オグリのぬいぐるみを持って並んでた。 まさしく「怪物」であり「アイドルホース」だった。 競走馬のぬいぐるみってオグリキャップが最初だったもんな。
オグリキャップは地方競馬出身で、今考えると理解不能なローテーションで酷使され、 その中でも結果を出し続け、最後はどう見てもピークを過ぎた状態で 出走した有馬記念、しかし、武豊を鞍上にして 見事に引退レースで劇的勝利を飾った。 あの「オグリコール」は本当にすごかった。 今では当たり前のように騒ぐが、それまで競馬場で観客が一体になって 勝った馬や騎手をコールする風習がなかったのに、 戻ってくるオグリに対して自然と湧き上がった。 競馬中継を観て涙が出そうになったのは始めてだと思う。 あの日のオグリは競走馬というレベルを超越した存在だった。 まさに感動を通り越して絶句。 平成2年の有馬記念は、もはやG1レースですらなくオグリキャップ号主演の 映画のラストシーンのロケだったとすら感じてしまう。 (トウカイテイオーの有馬も凄かったけど)
競馬って暦のような役割をしているところがあって、 時代の空気と切り離せないところがあると思う。 ハイセイコーが高度成長期にヒーローになり、 オグリキャップがバブル時代のヒーローになったことには 必然性も偶然性もあったろうが、それぞれの時代の空気に共鳴して 感動が増幅されたのは間違いないと思う。 ぼんやりとした不安の中で浮かれていたあのバブル期、 オグリにはどこかしら悲壮感が漂っていた感がある。 あと、タマモクロスやイナリワンやスーパークリーク、バンブーメモリーなど あの当時はライバルも豪華だった。
オグリキャップは勝負根性が凄すぎるから、全然適性距離ではないレースでも 出たら全力で走っちゃってた。 今の若い人たちは当然、オグリキャップのことを知らないだろう。 もう引退して20年近いもんね。 でも、あの頃って競馬はpatも、グリーンチャンネルも、馬連すらもなかった時代だ。 そしてオグリの場合「単枠指定」なんて普通にあった。 この言葉の意味わからない人多くなってるだろうな。 激しく郷愁をそそられる単枠指定…うーん懐かしい響きだ。
引退して種牡馬入りしてからは大した産駒を出してなかった。 まぁ、もともと血統的には主流からは外れたダート血統だったし。 すでに種馬も引退して真っ白な馬体になって余生を過ごしていたはずが…残念だ。 人間のドラマがすべて影に見えた虚ろなバブル期、 だから余計にオグリキャップの薄暗い灰色の馬体が明るく輝いて見えた。 茶色にはげた芝、秋冬の日暮れが似合う馬がオグリキャップだった。
さよならオグリキャップ、安らかに。 どこの局でもいいから、オグリ伝説を番組でまとめてもらえないかね。
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