Web Masterの日記



臓器移植法改正

2009年06月19日(金)

昨日の日記の最後にも書いたが、今日は誕生日♪
正真正銘、ハッピーバースデー俺♪
ということで、誕生日関連の記述はこれでお終い。
昨日も書いたが、もう特に感動も何もないんだよね。
またひとつ年をとった…そんな感じだけ。
なので誕生日の日も通常通りの日記ヾ(^-^;)

昨日のトップニュースにもあったが、4つの案が提出され、
最悪の場合は全てが過半数に達せず、廃案の可能性も指摘されていた
臓器移植法改正だが、予想外の形でA案が過半数を獲得し、衆議院を通過した。
A案が成立したという事で「脳死が人の死」として認定され、
移植の年齢制限も撤廃。
また、本人の承諾がなくても家族の承諾があれば移植できるようになった。

しかし、まだ参議院での審議が残っているので、果たしてこのままストレートに
A案が通過するか?それとも一部改正が行なわれるか?
または参議院で採決前に衆議院が解散した場合、
参院に送られた法案はすべて廃案となるため、また1からやり直しになるか?
いずれにしても、まだまだどうなるのか、はっきりしていない。
だが、今回の衆議院では、自民党も民主党も「死生観に関わる問題」という事で
党議拘束を掛けず、個人の自由な考えで採決に臨ませていた。
事実、麻生総理も鳩山代表もA案には反対票を投じていたし、
小泉元総理や福田、安倍など総理経験者や小沢一郎は賛成票だった。
参議院での審議でも党議拘束をかけないという。

あくまでも個人的な考えであるが、脳死は人の死だと思っている。
もし、自分が脳死状態になったら、臓器でも何でも
どんどん使えるものは有効に使ってほしいと思う。
だが、仮に家族がそうなった時、脳死状態の身内を見て、
死んだと思えるかどうかは、そのような状態になってみないと何とも言えない。

多くの人も同じ考えではないだろうか?
想像するに、両親なら、もう十分に生きてきたという感じもあるので、
脳死=人の死と受け入れやすいとは思う。
配偶者も大人だし、何とか断腸の思いで受け入れられるかな?
だが、果たして子供がそのような状況になった時、
呼吸はしているのに脳死=人の死と簡単に受け入れられるかどうか…。
自分には子供がいないが、子を持つ親の立場だったと考えたら自信が無いかも。
まぁ、完全に脳死状態で、痛みも苦しみも何にも感じない、
機械が止まれば確実にそのまま呼吸も止まって楽に逝ける…というなら、
涙を飲んで受け入れられるような気もするが、
もしかしたら、この子は痛みを感じているんじゃないか?
声が聞こえているんじゃないか?などと思うと、
なかなか容易に受け入れられないかもしれないね。

「脳死が人の死」ということになるのであれば、判定基準を明確に示してほしい。
万が一にも使える臓器があるから、助かる命が有るから、
まだ死んでないものを脳死と認定するようなことが無いように、
はっきり、きちんとした基準を作ってほしいものだ。

もう二度と動くことがなく、感情も感覚もなく、
体だけが機械で生かされているのは「生(せい)」ではない、と思うから、
それなら有効に臓器が誰かの命を助けるのであれば、
可能な限りそうしてほしいとも思う。
あとは家族としての感情の問題だろうが…。

例え脳死が人の死だとしても、脳死になった者を、
まだ何とか生かしてほしいと言う、
心臓が完全に停止するまで、その瞬間まで努力をしてほしいと言う
家族の要望があれば、受け入れても良いと思う。
脳死だから、死んだんだから一般の死体と同様に葬儀を行い火葬をしなさい。
などと言うことになるのは、もう少し国民的な合意が出来てからにしないとね。

脳死…、臓器移植…、家族の気持ち…
いずれも分かることだけに難しい話だなぁ。

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