Web Masterの日記



男泣き

2008年10月01日(水)

今も頭の中に長渕剛の「とんぼ」のメロディーがグルグル回っている。
ついに、清原和博選手が現役を引退。
プロ野球の一時代を築いた偉大なる男が、また1人ユニフォームを脱いだ。

オリックスバファローズの今季最終戦。
大阪ドームで福岡ソフトバンクホークスと対戦。
この試合が引退試合となる清原は「4番 DH」でスタメン出場。
CATVの「J Sports ESPN」でオリックス対ソフトバンクの試合が
試合開始前の17時45分から放映されていたので全てHDDに録画しておいた。
すでに仕事中も時々、iモードのスポーツサイトで
清原の打席の結果を知っていたが、帰宅後、すぐに録画した試合を再生、
清原の全打席を、そして感動の引退セレモニーを観た。

試合前、最後の対戦相手を率いる王監督から花束が贈られた。
思えば、あの運命のドラフト時の巨人は王監督だった。
因縁浅からぬ世界の王から
「来世は一緒のチームでホームラン競争をしよう」
なんて言葉をかけられたら感慨というか誰だって涙するよね。

ホークスの先発は杉内、第1打席はライトフライ、第2打席は空振り三振。
そして迎えた第3打席、二死一塁の場面から右中間を抜けるタイムリー二塁打。
最後の試合で打点を飾るのも何か持っている証だろう。
8回裏、現役最後の打席は渾身のフルスイングで空振り三振。
最後までストレート勝負してくれた杉内にも男を感じたが、
最後の球、見ていて思わず「杉内、高いよ!」と言ってしまったヾ(^-^;)
もう少し低めに投げてくれていたら…。

これで23年間のプロ生活に幕を閉じた。
最後の試合でホームランとまではいかなかったが、タイムリーを打って勝利に貢献。
最終打席がフルスイングの空振り三振というのも清原らしかった。

試合後の引退セレモニーは派手派手だった。
だけど感動した。
長渕剛がアコースティックギター1本で「とんぼ」を熱唱したり、
阪神の金本が花束を渡したり。
本当に影響力のある人物だということを再認識した。
盛大な引退セレモニーがそれを語っている。
あれだけのセレモニーができる選手って、そうはいない。

最後の挨拶では、今まで世話になった西武、巨人、オリックスのファンと、
オリックス入団のきっかけでもある仰木さんに
お礼を言ったのが印象的で涙を誘った。
オリックスに入っても活躍できなかったことを謝罪していたが、
決してそんなことはない。
今年7月頃からチームが快進撃を見せた裏には、
やはり清原の一軍復帰が大きく影響していたことは想像に難くない。
清原がベンチに入るようになってからの勝率が凄まじい。
一時は借金が11もあったのに、堂々と2位でクライマックスシリーズ進出。
この裏には清原がベンチのムードメーカーを自ら務め、
走者が生還すると立ち上がって出迎えて祝福する姿を何度も見た。
まさしくフォア・ザ・チームに徹した現役生活だったように思う。
巨人から捨てられるように退団させられた時、
あの状態から当時の仰木監督に誘われオリックスに入団し、
本人にとっては満足する活躍はできなかったかもしれないが、
今の調子の良いチーム状態の礎になっているのは確かである。
そこにいるだけで充分すぎる存在感、ほんと格好よすぎるね。


PL学園時代は桑田とともに甲子園を沸かせた。
当時は池田高校の天下だった甲子園だが、その池田を倒したのが
KKコンビが1年生だった時のPLである。
当時のPLは本当に強かった。
「甲子園は清原の為にあるのか」と言う実況のセリフが忘れられない。

涙のドラフトからライオンズに入団、FAで夢に描いていたジャイアンツへ。
そして追われるようにバファローズへ。23年の間に3球団でプレー。
個人タイトルこそ獲れなかったが、通算サヨナラホームラン12本、
通算サヨナラ安打20本などの派手な記録を作り、
オールスターや日本シリーズなど大舞台で抜群の勝負強さを発揮するなど、
まさしく「記録よりも記憶に残る選手」であったと思う。
そして、間違いなくプロ野球の歴史に名を刻む選手の1人である。
打席に立つ姿は高卒のルーキー時代から
球界の四番に相応しく威風堂々としていた。
今日のタイムリーヒットも外角をキレイにライト方向に運んだが、
あのライト打ちは芸術の域に達しているね。
他の選手じゃ真似しようにも真似できないだろう。

思えば、はるか昔、まだジュピターズを作る前だから20年以上前だが、
正月明けに多摩湖へドライブに行った時、
1人で多摩湖の周りを黙々と走る男を見かけた。
その男と目が合った瞬間、すぐに清原だと分かった。
その時は「清原だぁ!」と興奮したが、甲子園のヒーローで
鳴り物入りでライオンズに入団し、新人王も獲得した野球の天才が
正月早々、1人で黙々と走っていた。
彼は決して天才なんかではなく、昔から人一倍の努力を積み重ねて
今の位置まで上がってきたんだと思う。

「一期一会」という言葉があるように、多くのライバルやチームメイトと
出会ったことで清原の存在感をより大きくしていった。
桑田、野茂、伊良部、松井、松坂、森監督、長嶋監督etc…。
余談だが、彼にとっての最悪な出会いは、
プロ野球史に残る最悪な監督の1人と言われる堀内恒夫に尽きるだろう。
この男と出会っていなければ、もっとサッパリした形で
終われたのではないかと今でも思ってしまうよ。
だけどKKコンビで活躍した甲子園時代からの紆余曲折を
ずっと見てきているので、やっぱりこれで最後かと思うとグッと来てしまったな。

正直、引退するタイミングは遅すぎたと思うのだが、
今は23年間お疲れ様でしたと偉大なる男に言いたい。
引退後は、どのような道に進むか分からないが、
今後も野球には関わり続けてほしい。
いつか指導者としてユニフォームを着てグランドに戻ってきてほしい。


ありがとう、清原和博。
こんなにも栄光と挫折を繰り返した選手はいないと思う。
涙のドラフト指名に始まり、涙の引退セレモニーで終わったプロ野球生活。
栄光も挫折もすべて含めて、まぎれもなく貴方は野球界に輝く「星」だった。
23年間、本当にお疲れ様でした。


なんだか感動と寂しさから支離滅裂な文章になってしまった…。
明日のスポーツ新聞は全紙購入決定だ。

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