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2007年01月18日(木)
昨日は1月17日…、 そう、あの阪神大震災から12年経過した。 この日が何の日なのか東京人である自分も忘れることはない。 12年前の1月17日、自分は何をしていたのだろうか? まず、はっきり分かっていることは地震が発生した 午前5時46分には、まだ寝ていたということ。 そして朝のニュースを見て愕然とした記憶が残っている。 高速道路が横倒しになっていた信じられない光景が ブラウン管から映っていたので一気に眠気が覚めた。 ヘリ上空から映す神戸の街を見ていて、同じ日本であるということ自体が 信じられなかった。 これは何かの特撮映像?そんな気持ちすらあった。
当時、関西では大地震は起きないなんて言われていたし、 自分よりもむしろ被災にあった関西の方々が信じられない気持ちで いっぱいだっただろう。 自分の大学時代の友人も関西に数人いたので安否が気になり、 電話をかけたことを覚えている。
もう20年近く前に神戸に旅行で行ったことがある。 そのとき訪れた三ノ宮や南京町が変わり果てた姿でテレビに映し出されていた。 現在の神戸は街並みも整備され、外観に関しては復興したと言えるのかも。 しかし、そこに住む人々にとっては、自分が思っているほど 復興していないのかもしれない。 6000人以上の死者を出した阪神大震災には6000以上の涙があったわけであるから。
何だか、まとまりのない文面になってしまったが、 自分が何より言いたいのは、あの未曾有の大惨事となった阪神大震災を 決して風化させてはいけないということ。 被災者にとっては忘れられない出来事なのだから、 自分のように直接、被災していない者も、ずっと語り継いでいく必要がある。 そして、地震列島である日本、次はいつどこで震災が起きるか分からない。 常に自衛、公衛、国衛の手は緩めてはいけない。
震災当事に生まれた子供達も今年の春には中学生、 そんな話を聞くと、本当に時の流れは早いと感じてしまう。
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