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2006年12月24日(日)
「最後の衝撃だ!これが最後のディープインパクト!」
JRAの掉尾を飾るG1レースである有馬記念。 今年も昨年に引き続きディープインパクトがファン投票1位に選ばれた。 単勝のオッズは1.2倍の一番人気である。 過去、多くの名馬が出走し、多くのドラマが生まれた。 今年はどんなドラマが生まれるのか、とても楽しみなレースだった。
ディープインパクトは昨年、この有馬記念でハーツクライに敗れ 連勝記録がストップしたが2着。 雪辱を期して臨むはずだったが、ハーツクライツは ジャパンカップの敗戦後に電撃引退。 最高のライバルを失ったが、凱旋門賞の汚名を晴らしたジャパンカップで 華々しく復活を遂げたディープインパクト。 この有馬記念が最後のレースとなり、レース後には引退式まで用意されている。 引退レースでも影をも踏ませぬ圧勝劇で最後まで強いディープのまま引退か? その姿を待ち望んでいるファンは多いはず。
有馬記念はG1レースの売り上げが中央競馬における 最大の売り上げを誇るレースである。 いや、世界で最も勝ち馬投票券の売り上げのあるレースでもある。 ちなみに平成8年には1レースだけで約875億円の売り上げを記録している。 観客動員も昨年は約16万人を記録した。 オグリキャップが空前の競馬ブームを引き起こした平成2年には 約18万人が中山競馬場に足を運び、観客動員の記録にもなっている。 テレビや雑誌、新聞などの露出も多く、 まさに年末の中央競馬を飾るに相応しいレース。 何より出走場はファン投票になっているので、思い入れがより大きくなる。 そして「終わり良ければ全て良し」の気持ちもあり、 普段、馬券を買わない人にも注目されるレースなのだろう。
自分は馬券を買うことを止めて15年以上になる。 しかし、昔から有馬記念は特に注目していたレースだ。 子供の頃、ギャンブル好きだった浅草に住む叔母さんの影響もあり、 競馬中継はよく観ていた。 70年代、宿命のライバルだったトウショウボーイとテンポイントの 名勝負も記憶に残っている。 1976年の有馬記念はトウショウボーイ、翌77年はテンポイントと星を分けた。 特に1977年のレースは「2頭立て」と言われたくらいのマッチレース。 スタートからゴールまで、ずっと2頭だけで争われ、 いまだに中央競馬史上最高の名勝負と呼ばれている。
80年代に入り、史上初の無敗の三冠馬となった皇帝・シンボリルドルフが登場。 自分も大学時代、この皇帝にかなり儲けさせてもらった。 なんせ1984年、1985年の有馬記念を圧倒的な強さで連覇した。 そして忘れられないのが80年代後半に地方競馬から出てきた 怪物・オグリキャップの存在。 1988年の有馬記念で芦毛対決と注目された当時の日本最強馬・タマモクロスを 三度目の直接対決で敗り、初のG1制覇となり、オグリ伝説の幕を開けた。 しかし伝説は長く続かず、1990年に不調続きで 「オグリキャップは終わった…」と言われる中、 引退レースとなった有馬記念で鞍上に武豊を迎え、 伝説から神話になる奇跡のVを果たし、 約18万人の大観衆からのオグリコールは鳥肌が立った。 自分もこのオグリキャップの引退とともに馬券を買うことから引退した。 オグリキャップのような馬はもう出てこないだろう…というのが理由。 しかしファン投票で選ばれる有馬記念に関してだけは その1年の競馬界が分かるので馬券は買わないが注目は続けていた。
オグリキャップが神話になってから2年間は人気ブービーの馬の激走で荒れた。 1991年は「これはビックリ、ダイユウサク!」単勝137.9倍の 15頭立て14番人気でありながら、その年の一番人気で誰もが勝つと思っていた 単勝1.7倍のメジロマックイーンを破ったのだ。 しかも当時のコースレコードのおまけ付き。 単勝137.9倍というのは、いまだに有馬記念における単勝最高配当記録だ。 そして翌92年には、やはりブービー人気のメジロパーマーが決死の大逃げ。 3コーナーを回った辺りで実況アナウンサーが 「これは物理的に不可能だ!」と驚くくらいの大逃げを果たし 最初から最後までトップのまま優勝した。
忘れられないのは1993年の有馬記念。 前年の1992年に皐月賞、ダービー、ジャパンカップとG1を制し、 有馬記念でも圧倒的な一番人気となり、 オグリキャップ以来のアイドルホースとなったトウカイテイオー。 しかし有馬記念では、まさかの11着で惨敗した。 さらにレース後に骨折が判明し、一年間の休養で迎えた1993年の有馬記念。 丸1年ぶりのレースだったにもかかわらずドラマチックな復活Vを果たした。 1994年は史上5頭目の三冠馬、ナリタブライアンが強さを見せ付けた。 1998年、99年と外国産馬のグラスワンダーが連覇。 特に99年は秋の天皇賞、ジャパンカップと連勝したスペシャルウィークと わずか4センチという差の接戦を演じたことは思い出深い。
2000年以降は2003年に有馬記念史上最大の9馬身差をつけて勝った シンボリクリスエスくらいしか印象にないな。 なぜなら、このシンボリクリスエスは1991年のダイユウサクのコースレコードを コンマ1秒破ったし、ものすごい圧勝だったので印象に残っている。
社会現象と言ってもいいくらいの注目を集める有馬記念、 今年は特にディープインパクトという怪物の引退レース、 今日のクリスマスイブの15時25分、世間を騒がせている祭りの大団円は まさしくディープインパクトの圧勝で幕を閉じた。 武豊が鞭を使ったのは1回だけ。 まるでディープインパクトに「行くよ」と合図したように思えた。 そこから脅威の足を見せ、最後は流すように走って2着に3馬身つけてゴール。 日本中央競馬会歴代最多タイ、史上3頭目のG1レース通算7勝目を挙げ、 有終の美を飾った。 本当に強い、引退するのが惜しい衝撃のラストランだった。 今日のレースも自分の記憶の中に刻み込まれるだろう。
昨日は則家でクリスマスパーティー。 近くにできた港北の湯に行ったりしたので、 過去最長のパーティーとなってしまった。 かなり遅くまで盛り上がってしまった。 しかし、菊池がそんなことになっていたとは…。
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