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2005年03月22日(火)
●ナベツネ 今日、ビックカメラ有楽町店で思わぬ有名人を発見。 なんと、あのナベツネが普通にビックカメラの袋を持って歩いていた。 思ったよりも小さく、普通の爺さんだったが、 眼光は鋭く、やっぱナベツネって感じ。 秘書だかSPだか知らんが、2人の男を引き連れていた。 もともとビックカメラ有楽町店のビルは読売新聞社のビルなので 居てもおかしくないか…。
●世界フィギィア 安藤美姫に期待し注目していたが、フリーの演技では残念な結果だった。 期待の四回転ジャンプも封印したし、全体的に硬かったような感じ。 SPで4位につけていただけにメダルの期待もされたが残念だ。 それに比べ村主は女王の貫禄を見せつけた。 SPでの転倒さえなければメダルに手が届いたのではないだろうか。 今回の世界フィギィア、日本勢にとっては残念だったが 本番はあくまでもトリノ五輪だ。 出場枠も3枠を確保できたし、照準をトリノに向けて頑張ってもらいたい。 村主、安藤、荒川、恩田、太田など世界に通用する多くの選手を擁している日本は 代表を決めるのが大変だと思う。 ある意味、五輪での戦いよりも代表を決める戦いのほうが熾烈だ。 誰が代表になってもおかしくないほどのレベルの高さ。 もしフィギィアに団体戦があれば、間違いなく日本が金メダルだろう。 トリオ五輪には14歳のため年齢制限があって出られない 世界ジュニア優勝の浅田真央もいるし、ほんと期待ばかりが大きくなる。 だけど、いずれの選手も伊藤みどりのジャンプの高さには届いていない。 伊藤みどりは本当にスゴイ選手だったと思う。 手足の短さや顔のブサイクさをカバーするほどのジャンプ力があった。 何かのエキビジションでメリーポピンズ「雨に唄えば」の曲で 傘を持ったまま三回転ジャンプをした姿はいまや伝説だ。 しかし長野五輪の開会式の聖火を点灯する時の姿は滑稽だったけど。 一気に伊藤みどり伝説が崩れ去った一瞬だった。
●マレーシアGP 早くもF1GP第2戦、マレーシアGPが日曜日に行われた。 もちろん地上波の深夜帯ではなく、CATVフジテレビ721の生放送で観たが 期待の琢磨は発熱のために欠場。さらにBARホンダの2台が早々に エンジントラブルでリタイア。 フェラーリのシューマッハもマシンが全然走ってくれず、 あまりテレビに映ることもなかった。 それに比べ開幕戦も好調だったルノーが独走。 結局、ルノーのアロンソが優勝で、開幕優勝のフィジケラが3位と 絶好調ぶりを発揮した結果だ。 そして何より嬉しかったのはトヨタがついに表彰台へ上がった。 開幕戦も予選好調のトヨタだったが、本戦ではズルズルと後退していたが このマレーシアGPではトゥルーリが見事2位でチェッカー。 ラルフも5位入賞と、苦節4年目で初の表彰台だった。 表彰台ではドライバーの故郷の国歌とチームの国歌が流されるが トヨタがもし優勝した時は「君が代」が流れるはず。 早くヨーロッパモータースポーツの最高峰であるF1で 「君が代」を聞きたいものだ。 フェラーリにしても、BARホンダにしても史上最悪のレギュレーション変更が ルノーやトヨタとは逆にとんでもないハンデになってしまったようだ。 特にフェラーリのブリジストンタイヤは他チームのミシュランタイヤに比べ、 パフォーマンスが非常に悪すぎる感じが見受けられた。 また2戦で1基のエンジンしか使えないというレギュレーション、 これに悲鳴を上げてしまったのがBARのホンダエンジンだった。 2戦で予選やフリー走行もあわせると約1500キロも走らなければならない。 エンジンの耐久性が最も重要になってくる。 まぁ、世界のホンダや王者フェラーリがこのまま終わるわけはないだろう。 フェラーリは2005年の新車開発が遅れ、昨年の車で走っていたが 次あたりからは新車を投入するだろうし、ホンダもエンジンの改良をしてくるはず。 最悪レギュレーションにより今年のF1はかなりの激戦になるはずなので、 今後に注目したい。 それにしてもトヨタの表彰台も素晴らしかったが、 今年からの新チームである「レッドブル」が何気に2戦連続全車完走で ポイントを挙げていることが素晴らしい。 レッドブルのエンジンはコスワースと1世代前のエンジンながら、 耐久性は抜群のようだ。 レース中もフェラーリを抜いたり、なかなか面白いパフォーマンスを見せてくれた。 表彰台に登る日も近いのではないだろうか。
●ハロモニ 「私をデートに連れてって」ではゲストに山崎トオル。 初の「おねえキャラ」はなかなか面白かった。 このコーナーはゲストによって面白さが左右されると思うが、 今まで柳沢慎吾、岡田真澄、そして山崎トオルとかぶったキャラが居ないので成功している。 矢口、藤本、加護という濃い3人相手でも十分に山崎トオルらしさを出していた。 それにしてもお化け屋敷で矢口の心拍数が200オーバーって、やばいんじゃないの? さすが小動物だ。
●愛・地球博 愛知県で開催するから「愛・地球博(あいちきゅうはく)」などと オヤジギャグのような名称だが開催まであと数日に迫り、 地域住民や企業関係者を招待した内覧会が行われたようだが 目玉であるリニアモーターカー「リニモ」が 重量オーバーのためストップしたり、 パビリオン内の乗り物も電気トラブルによって止まったり、 まだ工事中のパビリオンも多数あって入れなかったりと散々だったようだ。 この万博の最大の見世物であるのが永久凍土より発掘した「マンモス」なのだが あまり注目されなかったみたいだ。 一番人が集まったのが「となりのトトロ」の「さつきとメイの家」という 関係者にとって苦い結果も。 しかし万博が開催されたら、この家の中に入るには前もって予約が必要だという。
だいたい、この「愛・地球博」ってそんなに話題になっているのかな? あまり魅力を感じないし、行きたいという気持ちなんて、これっぽっちもない。 日本で開催された万博といえば1975年の大阪万博だ。 「人類の進歩と調和」をテーマにし、アポロ11号が持ち帰った「月の石」が 最大の目玉だった。 さらに岡本太郎作の「太陽の塔」では中に入ると生命の誕生から現代までの様子が 当時は珍しかったエスカレーターに乗りながら見ることができた。 自分は小学一年だったが、家族で大阪万博に行った記憶は 今だ鮮明に脳裏に焼きついている。 開場して最初に訪れたのが「エチオピア館」(なんてマイナーな館だ(^^;)) そこで生まれて初めてアフリカ人というか黒人を見て驚いた。 太陽の塔に入るのに一時間くらい並んだ記憶も残っているし、 エキスポランドの遊園地で遊んだ記憶もある。 「アメリカ館」に展示されていた「月の石」は 時間がなくて見ることはできなかったが、 三年後に上野の国立科学博物館に展示された時に見たっけ。 とにかく子供心に驚くことばかりの万博だった。 当時、日本は高度経済成長期にあり、一番パワーのあった時代だったからこそ 記憶に鮮明に刻み込まれるような万博ができたのかもしれない。 あとは自分が純粋な子供だったから、素直に見るものすべてに感動できたのかも。 大人になってからの万博は魅力を感じないのは仕方ないのかな。 万博ではなく地方博だか「沖縄・海洋博」や「つくば博」も行ったことがある。 沖縄はまだ小学五年の頃だし、ほんのちょっと前まで アメリカの領土だったということもあり、かなり感動し、記憶にも残っているが、 「つくば博」は大学生の頃だったので、あまり感動なく、 どんなパビリオンがあったのかさえ覚えていない。 ただ自分がつくば博に行った同じ日、当時の総理大臣であった中曽根首相と 昭和天皇陛下が見に来ていて、どちらも見ることができた。それは覚えている。 あと車で「つくば博」に行ったが、えらく遠かった記憶くらいしかない。
その後、地方博は「花博」とかあったと思うが、興味も眼中もなかった。 万博としては大阪以来、30年ぶりに日本で開催される「愛・地球博」だが やっぱ大人になると現実的に物事を考えてしまうせいか、 興味をなくしてしまうものだ。悲しいことだ。 でも現地までの交通費や入場料4600円という値段などを考えると冷めてしまう。 それだけの労力と金をかけても見たい物があれば別なんだろうが、 魅力のあるもの全くなし。 乗り込むのに2時間も並ばなければいけないリニアモーターカー、 名古屋城の金のしゃちほこ、永久凍土から発掘したマンモス、 あと目玉ってなんかあったっけ? これらのものじゃ別に無理して行く必要ないという結論に 達するのに時間はかからない。 どれくらいの人が集まり、成功するのか注目はしてみたいけどね。
それにしても、となりのトトロの「さつきとメイの家」とか、 「ハウルの動く城」のホントに動くやつとかだけど、 これって何だか万博って言うよりもジブリ博覧会って感じだな。 わざわざ名古屋まで行って4600円も払って、人ゴミを掻き分けて見るのなら 三鷹のジブリ博物館に行って、たった1000円で完全人数制限の空いてる中で 大きな猫バスで遊んだほうが何倍も楽しいだろうね。ヾ(^-^;)
●倉木麻衣 倉木麻衣が立命館大学卒業のニュースを見て、 卒業証書に「倉木麻衣」とあったが、本名は確か「青野麻衣」だったはず。 卒業証書は「卒業証明書」ではないから別に芸名でも構わないのかな。 堀越高校の卒業式で、本名非公開のタレントは 表紙しか見せなかったことを思い出した。優香とか。
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